名鉄 神宮前駅の立体交差の風景

名鉄 神宮前駅を豊橋方面に行くとすぐに始まる立体交差の風景をかなりのデェフォルメをしての風景です。
大きさは1200ミリ×300ミリでこれに飾り台とアクリルケースを作成しています。

今回はディオラマ本体部分の製作風景をアップします。

ディオラマ本体はベニヤ板5.5ミリを基本材として土手の部分は35ミリ→70ミリまで順次昇って行き鉄橋のカーブ前10センチからは水平になり
鉄橋部分はトミックスの複線トラス鉄橋を改造加工してそれらしく見せています。
なお鉄橋部分の構造は一部分(鉄橋の端に切れている部分)は模型強度上オリジナル形態では強度不足が明らかなのでコンクリート製の物との仮想で
作成しています。(本物は鉄骨のトラス+鉄製のボックス形状の桁がメインの構成)

鉄橋の橋桁となる構造物の完成前の画像

この部分は特徴が有るので風景的に外せないと思われたのでスクラッチで作成しています。
強度的にも充分である程度までは耐えられる物になっています。丸くなっている部分はボックス構造を完成させてから
ヤスリ整形+ペーパーで仕上げています。

鉄橋部分の作成

現在の実物は少し変わっていますが今回の風景の再現は昭和40年代なのでプレートガーター橋のプレートの高さが異なっています。
内側に三角の支柱が有るのは現在でも同じです。材料は1.0ミリのプラ板+0.5ミリ板で作られています。
このガーター橋の作成は意外と難しくて約10日間ほどの製作時間が懸かっています。

土手部分の作成

土手ののり面はGM製の石垣(乱積み)を7枚程度組み合わせて1枚ものにして下側は瞬間接着剤で固着させています。
上面も下側が固着してからベニヤ板に貼り合わせておりこれは固着中の撮影です。
画像の右側にある出っ張りは旧跨線橋の台座でこれは現在も残っています。
旧跨線橋の台座は古い物なのでレンガ積みの物を貼り付けています。(旧ヘルヤン製品を使用)

鉄橋部分の完成

下地塗りの塗装済み画像

ディオラマ本体の下地塗装はアクリル絵の具を使って塗装します。
鉄橋部分はと石垣は田宮のエナメル系で塗装しています。
今回はエアーブラシでは無く筆塗りを複数回行って塗装の劣化は荒れ・汚れの表現をしています。(ドライブラシ技法)
橋脚末端部分はこの後に塗装しました。
塗装状態の時には飾り台座を下側に増設しておりその部分は焦げ茶を塗装します。(飾り台座とディオラマベースの差は各6ミリ有ります。)


完 成 画 像

平成になるまでは基本的にプレートガーターはこの形でした。
まだ7000系パノラマカーや旧型車輌が混在していた頃を想定して車輌を乗せて撮影しています。
なおこのディオラマは上に5ミリ厚のアクリルケースが付いていますが、保護の為取り付け画像がありません。
なお車輌は当方の手持ち車輌のみで撮影しており、依頼された方の車輌では有りません。

現在このプレートガーター橋は平成に入って補修工事を受けてプレートの部分が大きく切り取られており、深緑→ライトグリーンに塗り直されて
本線の複線の部分は現在は1本なり土手の後ろ側に本線の豊橋方向への線路があります。
ガーター橋の基本構造は大きくは変わってはいないので実物との大きな違いはガーター中央部分がディオラマではコンクリート橋脚としていますが、
本当はこの部分が鉄骨のトラス構造物になっている事です。
この部分は昔から相当の変化が有り現在のJR線を挟んで両側に駅舎があり貨物輸送用の連絡線として作られたのが始まりで
一番最初に作られたガーター橋の土台が手前にあるのはその名残でもっと直角に交わり急カーブで曲がって降りていく様になっていて
築堤は現在よりもさらに後ろ側にありました。この経緯は鉄道ピクトリアルの別冊より出典です。

こういった実物風景を製作する場合はその風景のエピソードがどんな物だったのかを知る事から始まります。
本来なら7〜800メートル近く有る物を1200ミリにディフォルメさせており無理をどこまでそうで無い様に見せるかが
こういった物には必要不可欠のエッセンスだと思っています。


平成30年1月20 更新

番 外 編 (後日譚)

この製作物は平成28年の年末に出来た物ですが、木枠をわざわざ組んで厳重梱包をしていたのにも関わらず事故で
大部分が破損してしまった状態で当方にお正月早々に戻ってきてしまいました。
(木枠梱包は外装部分で内部のアクリルケースにはパッキンケースを巻いてさらにディオラマ全体を緩衝材にくるんで出荷しました)
画像は当方に戻された直後に撮影したもので梱包材料が廻りに見えます。(木枠はビス止めなので電動工具が解体には必要)
木枠梱包の上にはさらに段ボールを巻いて出荷していますが段ボールも一部が欠損しておりその部分はガムテープ補修されていました。

鉄橋本体はほぼ破壊状態ですが、鉄橋の鉄骨柱とコンクリート製橋脚は塗装剥離以外のほぼ損害は無く接着も剥がれていません。

本体側の破損は鉄橋部分が完全に飛んでしまってレールが鉄橋側とフレキレール側の両方が折れてしまっている状態でガーダー部も片側部分が全部
取れてしまってパーツが散乱している状態になっており、アクリルケース用の飾り板としてチーク板を貼り付けていた物が衝撃で割れて飛んでしまっていました。
当然ですがあちらこちらにパーツが飛んだ事でそこらかしこが傷だらけになっており満身創痍の状態で年初に戻ってきました。
(梱包外観は変形無しとの事でしたが、実際にはガムテープでの現地補修で隠れていただけで木枠梱包も割れた状態で戻ってきました)

セット状態で同梱包していた5ミリ厚のアクリルケースもこの状態でになってしまうともう修復不可能の為、作り直す事になりました。
(このケースは前に見える部分は1枚の板をカーブさせて作っている特注品です)

全ての修復作業とアクリルケースの再製作が済んだのは2月始め頃で、それから修復の為にいらない時間を約1ヶ月と少しを無駄使う事になりました。
(鉄橋は完全に作り直しており接着だけで済ませていた部分を全てネジ止めにして補強工事をして鉄橋本体の取り付けも釘止めと接着材のダブルにしました)
平成29年の工作工程の遅れはここから始まってしまい最後まで完全に取り戻す事が出来ませんでした。
再発送は4月の中旬になっており最初から作る時間と同等程度の時間を修復時間として使っている事になります。

今回の件では運送会社の対応も悪く、運送保険発送時をかけていたのですが、
最終的に修復費用を支払ってもらったのは9月末になってからです。
それまでにたくさんの書類や証拠写真も提出しなければならないなどあまりにも煩雑な処理で
こんな大きな事故は10年に1回は有るか無いかですが今までの中で金額と時間の損害が一番大きかった多かった事案です。