ラインヘッセンのワイン

ラインヘッセンはかなり広大な地域で基本的にはライン川東岸とその内陸部分で全体的には急激な起伏は少ないですが、
有る程度のなだらかな丘がたくさん有りその谷間には集落があると言った感じです。
説明はライン川を遡る様にして最初の都市ビンゲン(リューデスハイムの対岸)から最終のヴォルムスくらいまでとなります。
ここも大きく分けると3つのベライヒに分かれて(ビンゲン・ニアシュタイン・フォンネガウ)おりそれぞれに特徴が有ります。

ヴィラ・ザクセン醸造所

ビンゲンの町はナーエ川とライン川の合流点に位置しており町の後方には少し高めの丘が有り
ビンゲンクロップ城の後方の裾野に広がる畑がラインヘッセンの銘醸畑となっています。(シャルラッハベルグ
現在この醸造所の物はそれほど多くは入ってきていないと思います。
価格も普通のラインヘッセンにしてはかなり高価で対岸のラインガウとほぼ同じくらいの価格の為、選択枝としてはどうかと思います。
味筋はラインヘッセンというよりはナーエ的な物を感じます。

現在はあまり所有していませんが、90年のシャルラッハベルグ・アイスワイン(1/2)はまだ若い感じが持てる状態です。

ビンゲンとインゲルハイムの中間地帯
小さい川や丘との間に幾つかの村が点在して内陸部ほぼ全てがブドウ畑です。
この当たりに植えられている品種は現在はほぼミュラートゥルガウ種で9月の初めくらいから収穫して豊産性です。
昔(50年ほど前)はジルヴァーナー種が伝統品種でしたが、取って代わられています。
収量は平均100ha/L以上で日常酒としての生産が殆どになっています。
この場合は日本に輸入されることはほぼ有りませんが現地では1L1〜1.5ユーロほどで販売されています。

インゲルハイム村はかつてのカール大帝の居城カイザー・プファルツが有りこの城の眺めから対岸のラインガウがこちら側よりも雪解け
が早いことを見抜いてラインガウ地域にブドウを植えさせたという故事が伝えられています。
現在のシュロスヨハニスベルクからヴィンケルハーゼンシュプルンクの地帯が核当するようです。
(シュロスヨハニスベルグとラインハルツハウゼンが丁度対岸に当たります)
ちなみにインゲルハイムは製薬会社のお膝元で巨大な製薬工場が有ります。(現べーリンガー・インゲルハイム社)

シュロス・ヴェスターハウス醸造所

ここは川沿いでは無く少し内陸に入ったところのインゲルイハイムから少し離れた所に醸造所が有り
畑名もシュロス・ヴェスターハウスでここの単独所有です。(丘の上に立っています)
実は一番最初に飲んだアイスワインが左のラベルの物で90年当時で1.5万円で買いました。
その時の感動が私をアイスワイン好きにさせた元凶と思っています。(正に凝縮された干しぶどうの果実味そのものだった)
その後数年を経て右のラベルのシュペートレーゼを入手して基礎的な実力を感じました。

その後に調べて行くと銘醸品に関する本でも紹介されており、かなり昔からその地位を保っていた事が解ります。
かなりリースリングの凝縮感が有り酸と果実味共に重めですが、ゆっくりと熟成していくタイプのワインです。

インゲルハイムから少し上流に向かうとブドウ畑は見られなくなり他の作物や工場が散見されてやがてマインツ市に到着します。
マインツはこのあたりの中心地で毎年ここでウニカーテワイン(稀少ワイン)の競売が10月に行われています。
マインツ市にも市営醸造所が有り日常酒が販売されています。ここからライン川は南に流れを変えてスイス国境まで南に遡る
事になります。またここがマイン川との合流点になっており色々な物が合わさる所でもありワイン関係ではゼクト酒(発砲ワイン)
の大きな生産地の一つとなっています。(対岸はヴィスバーデンでSバーンで約40分でフランクフルトまで行けます)

RSワイン(ラインヘッセン・ジルヴァーナ)

このラベルはワインヘッセンの伝統品種で有ったジルヴァーナ種を使って辛口に仕上げたもので、有る一定の基準に従って
生産された物が付けることの出来る統一ラベルです。ラインヘッセンの本来の味筋を守っていこうという試みで一定の評価を受けています。
価格も品質に比べると相当リーズナブルに設定されていて、作り手の意気込みが解るワインに仕上がっています。

伝統的なラインヘッセンのジルヴァーナはフランケンの物よりも穏やかで若いときのとげとげしさは余り感じられません。
(ピーンとくる独特の辛みはどちらもありますが)その分長熟には向いておらず、若い時に飲んであげるワインであると理解しています。


ルイス・グントゥーム社

ここは現在大きなネゴシアン(酒商)としても活動していますが、大元は醸造所経営でニアシュタインからオッペンハイムにかけての
畑を多数所有しておりその中には一級品も有ります。これは自社畑からのもので品質は一流ですが、
私が買った値段はなんと360円という破格品でした。ラベルからみて悪いはずがないという判断で1ケースを買い存分に楽しみました。
ラインヘッセンにはこういった掘り出し物的なワインが僅かですが存在します。元々この地方の物は800〜1000円位で売られており
輸入商社はそこまで気が付かない事が多いためと考えられます。(大阪・木下商事が当時輸入していた)

この醸造所自体は元々が少量生産の良い物を造る所でネゴシアン化して陰に隠れてしまった感は有りますが、
ニアシュタイン−オルベルグなどは明らかに一流品の風格と飲み応えが有ります。



ハイル・ツー・ヘルンスハイム準男爵醸造所

ニアシュタインを中心にして約20haを所有してその殆どが一流畑というこの地域切っての銘醸造所です。
独占所有の畑も有り(ブルーダースベルグ)約6割以上がリースリング種でクラシカルな味筋です。
多分この醸造所がこの地域のトップを走っていると思われます。
ニアーシュタイン周辺はこの周辺のみが火山性変成岩(赤い土壌)が表層に出てきておりこの土壌がワインに奥行きを与えてくれています。
このオルベルグとオルベルは18世紀ではラインガウのマルコブルンとほぼ同等の値段で取引されていたという事実があります。
(これには色々とエピソードが有りますのでこのページの下に書いております)

通常はイラスト入りのラベルですが、アウスレーゼ以上の特別品は上画像の特別なラベルが使われており醸造所を経営している
ヘルンスハイム家と相続でヴァイマルン家の双方の家紋を組み合わせた物を使っています。
この年89年のアウスレーゼはかなり出色の出来でお試しとして開けた1本でびっくりする様な中身でした。
かなり収穫を遅らせて健全果のみでもう1クラス上のベ−レンアウスレーゼでも十分に作れる糖度でまだこれでも
残糖値は90グラム台酸が約12グラムというとんでもない偉大なワインです。


リープレヒト陸軍中佐 醸造所

70年代にはあまり有名では無かったのですが、70年代から急速に実力を付けた気鋭の醸造所で
陸軍中佐とは現在の物では無くプロイセン時代の騎兵将校で有ったためです。
(有る程度以上の資産が無いとプロイセン士官学校に入れないし騎兵は馬の養育費に多大な私費が必要なため騎士階級以上を示す)
ラインヘッセンの伝統的な部分も有りますが、色々なブドウ品種に挑戦して成果を収めておりかなりの実力が有ります。
少し酸の重さも感じられますがこれは有る程度土壌条件に左右されている部分です。
ボーデンハイムを中心にして畑を所有しています。
90年代前半はかなり輸入されていましたが現在の輸入量は余り大きくありません。価格の上昇が早すぎた為と思います。

この醸造所もリースリング種が主力ですが、カンツェムという難しい品種に挑戦して見事に作り上げています。

この地域には○○ハイムという地名がたくさん有りますがハイムの語訳は家を指し示しますが、中世よりの騎士・貴族階級の居城が
たくさんありその土地の名前がその一族の名前という場合が多いので有る程度はどの地方の出身か解る様になっています。
また騎士階級は伝統的にプロイセン陸軍の騎兵隊の中核を占めているので家紋の中に馬の絵を図案としている場合が多いです。
この場合は騎兵将校を伝統的に輩出していたという歴史を感じさせるものになっています。
(歩兵で有れば剣や銃や盾・砲兵は大砲・軍医は蛇という具合に象徴的な図案があります)

ペーター・ヤコブ・ファルケンベルグ醸造所
(P・J・ファルケンベルグ醸造所)

サントリーの専売品である超有名なマドンナの醸造元です。
ファルケンベルグは元オランダ人でこの地ヴォルムスで酒商と醸造所を始めました。
当時リープ゜ラウミルヒとして売ればどんなワインでも高値取引されて主にイギリスに輸出されているという具合ですが
元の畑は12ha弱しかなく大部分は名前付けだけの為、呼称統制がされてラインガウ・ラインヘッセン・プファルツ・ナーエの4地域が
リーププラウミルヒを名乗れる様にしてファルケンベルグ醸造所はその時に自社ワインをマドンナという商標登録をして
販売するようになりました。
元となった畑ですが、現在もヴォルムスの市中に石垣を囲って栽培されて僅かですが輸入されています。
畑名はリープ゜ラウヒェンシュティフトキルヒェンシトュックと言い聖母教会の横に有ります。今回はその聖母教会の畑のワインです。

サントリーが独占輸入しています。直営店のザ・カーウ゛に行けば僅かですが入手出来るチャンスが有ります。

マドンナの由来(リープ゜ラウミルヒの由来)
ワイン畑が開かれたのは古くて1173年には記録に出てきています。その後の1296年になって聖母教会が建てられました。
ここの修道僧がワイン造りをしてリーププラウミルヒが醸造されたわけですが、
30年戦争やフランスの1689年ユグノー迫害で徹底的に焦土化されてここで一度ワイン造りは完全に途絶えてしまいます。
(ライン川東岸の約60〜80キロの幅に渡り全てを荒野に変えて道標も削り取られて誰も住めなくされた)
数十年を経て再建されて19世紀にはホック(HOCK)と呼ばれたラインガウ酒とリーププラウミルヒは同等とされてイギリス
向けて輸出されていきます。(当時ではボルドーはクラレット・ブルゴーニュはバーガンティという名称でした)
ただこのようにして名声が上がるとニセモノを売りつけようとする者が必ず出現して乱売状態が
しばらく続く事になります。1908年になってワイン法に拠って規制することになりそれまでのファルケンベルグの売っていた
リーププラウミルヒはマドンナと言う名称で販売する事になりました。(従って登録商標権を持っています)
本来のリーププラウミルヒは上記ワインとして販売されることになって現在に至ります。
現在のリーププラウミルヒはケルナー種かミュラートゥルガウ種が殆どでリースリングでこの名前が付いているのは希です。
現在ではドイツワインの安酒代表選手ですが、本来は相当な高級酒の証でした。

ケラー醸造所

最初にこの醸造所の物を飲んだのは90年産でしたが、ラインヘッセンとはとても思えなかったのですが当時ケラー夫妻が来日しており
奥さんがこの醸造所に嫁いで来たときにフーバッカーの畑の植え替えをする際に出身のモーゼルのリースリングを植えたところ
この様な味筋のワインが出来てきたとの事です。
リースリングと言ってもその中には約180種前後の分類が有り遺伝子的にも少し違う様です。
ですのでここの醸造所としては完全な辛口よりもハルプトロッケン(中辛口)の方が特徴として良く出ています。
現在はローテローゼが主に輸入していますが最初に紹介したのは当方と交流の有るヘレンベルガーホーフです。
価格的には最初に比べて3.5倍程に上がりましたので現在はそれほど多くは購入していませんが、
チャンスが有るときには買いたいワインの一つでもあります。

ダルスハイマー・フーバッカー
現在ケラーの独占所有畑です。

1999年と2001年はベーレンアウスレーゼがリリースされており数本を所有しています。


忌まわしき事件・自動車用不凍液混入
80年代に死者を多数出した自動車用クーラントをわざと混入して糖度と粘度を適当に上げて高く売りつける事件が有り日本に
於いても商品回収騒ぎが発生しましたがこの事件の大元はこの地方の大きなネゴシアンが70年代初頭から始めた事です。
当初は少量混入だった様ですが、いつの間にか致死量に近い混入になり体内蓄積で死者が出てしまいました。
売られていたのはこの1社だけでなく数十社も発覚して安くて高い等級ほど危ない物が多かったのが記憶に残る所です。
現在でもこの会社のワインは大量輸入されていますが、出来るだけ口にしない様にしています。

この地方のワイン価格帯

基本的には一部の醸造所物を除いてはネゴシアン物(酒商か貿易会社のワイン)でQbAで有れば1000円が基準となります。
等級が上がるにつれて価格も上がりますが、アウスレーゼでリースリング種で無ければ2500円程度とまぁ安価な方です。
一方では最上位クラスの醸造所となるとラインガウの一流どころとほぼ同等かそれ以上と見なされる場合が多いです。
ご紹介しているハイル・ツー・ヘルンスハイムのエステートボトルは入手困難品の一つでインデントリストの中に入っていたので
運良く安く入手する事が出来ました。
(ハイルツーヘルンスハイムのSptなら)ニアーシュタインの銘醸畑ものなら5000円出しても惜しくはないと思います。

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