最新更新 令和 3年8月1日

このページは8月19日まで開いています

去年の第23回JNMAフェスティバルfは中止となってしまいましたが、
今年も開催するという予定の元で製作を進めています。

7月4日 に開催しました

今回のJNMAフェスティバルの参加は見送りとしています。
今年の製作

客車(優等車)
スロネ30 ブドウ1号 青帯
スロ51 ブドウ1号 青帯

新しく旧国のテーマ作品
70系 未更新車 4連
(クハ76−モハ70−モハ70−クハ76)

客車は銀河・彗星編成の2等寝台車スロネ30と特ロのスロ51という共に43系切妻車です。
スロ51は輛数が多いので各地の主要幹線の急行で比較的遅くまで活躍していた形式です。
スロネ30は青帯時代は主に銀河・彗星の中に入っています。

新しく70系をスタートしますが、今回はGMベースの未更新車を製作します。
GMモハ70は側面は未更新の戸袋窓がHゴム化されていない形態ですが、妻面は更新後の姿なので
クハ・モハ共に昭和26年型で未更新のままの車輛をスカ色で再現して新潟転属直前の横須賀線を作ります。
この頃の横須賀線は一番車輛のバラエティが有り最小編成はクハ76−クモハ51の2輛編成(横須賀−久里浜)も有りました。


令和3年8月1日 更新

コロナ感染 その後

JNMAフェスティバルについてはコロナ感染症の増加時に開催したのは最終的には失敗だったと思いますが、
今回はそれまでの過程で政府がこれ位の数なら・・・ワクチンが有るから大丈夫という楽観的意識がどこかに有って
死者さえ出なければ良いという態度でこれを書いている頃には1日の増加数は前日比で120〜150%になり
1日当たりの感染者は4000人を超える状態となっています。

私的な感想を言うと6月20日の段階で緊急事態宣言の解除は完全な間違い・失策で有ってオリンピック開催の為に
解除したとしか思えません。その後に再発出となるのですがこの部分に関しては完全に読みが甘いと思います。
ワクチンも7月からは大体ですが今まで約半分の接種しか出来ず11月初旬までに完全配送すると言っていますが、
実施する医療機関は多分ですが年末までには完全には終わらないだろうと思います。
若い20〜30代のこれから日本の中心になられる方は死なないから大丈夫という事では無く後遺症で人生が狂ってしまった方も
そこそこおられるのでただの風邪程度という軽い感じで受け止めず、自分の廻りにウイルスをばらまいて他人に多大の迷惑をかけてしまう
という事だけは最低限避けて頂ければと思います。

来年以降の予定について

現段階では基本開催されれば出展するという予定はしています。
毎年JNMAフェスティバルが終わった時くらいには次の製作品の予定は有る程度立てておりキット・材料の手配も
これを書いている時にはある程度は進行していて、細部設定をどうするのかくらいまでは進んでいます。
特製品は調べ物から始まって大体1年かがりで製作しています。

但し今年の様に増加傾向があって緊急事態宣言中等の場合は今回の様に参加見送りという事も考えられます。
まだ当面の間はたとえワクチンを接種しても前と全く同じにはならないと思います。
まだもうしばらくの行動制限と感染対策は必要です。



令和3年7月20日 更新

今年のJNMAフェスティバルについて

今年は不参加の為、聞き伝えではありますが、今回のフェスは出展側が約35店・入場者が全数で5〜600人くらいだった様です。
入場料が1人 1000円と倍額で対策費も有るかとは思いますが上げすぎではないかと思います。
来年も今回と同様で有れば沢山の人に見てもらえないという部分が多くなってしまうので運営については少し考えた方が良いと思われます。
こちらも今までと同様の考え方で行なうと難しくなってしまうのである程度の再考察は必要です。

一方で不参加とした事は結果から見れば妥当な判断だったと思います。
このページが更新する頃には新規感染車が1400人を超えていますから感染ペースは宣言の解除前から前週比120%ずつに増えていて
効果が無いからと言って宣言解除となったのは無為無策だし当初の目的を忘れてしまっています。
当初から人流の多さを減らす事が目的なのに、解除の上に特定業種だけを標的にして圧力をかけるだけでは人心も離れていくでしょう。


令和3年7月1日

クハ76の完成

モハ70に少し遅れて塗り分け作業をしました。
今回は塗装段階での雨が多くて中々前に進まない時も有りましたが何とか完成です。

完成前にガラスの切削作業を行いましたが、客扉の切削はかなり難しく1日で出来たのは1輛分のみでした。
(先に中線桟の部分を削り込みその後にエンドミルを交換して前後を削るのですがこれが難しかった)
クハの前面窓は問題無く出来たのでこれは標準となっています。

クハ76は奇数車と偶数車の両方を製作しています。

モハ70はT車とM車の両方を製作して4連1編成となる様になっています。

クハ76・モハ70共に飯田線の旧国と同じレベルでの仕上げとなっています。
詳しいページは新しく製作しています。

後で調べて解った事ですが、昭和26年車は殆どが未更新のままになっていて簡易更新されてHゴム窓になったのは6輛だけの様です。

客車の完成品画像

 スロネ30・スロ51 ブドウ1号青帯

詳しい説明と画像は特製品ページで行っています。
画像をクリックすると客車の特製品ページに移動します。


令和3年6月20日 更新

モハ70の配管加工

モハ70のパンタ 配管は偶数と奇数と両方有るのですが、今回は基本の偶数向きに限定しました。
奇数向きはまた別の機会に作成します。
年代設定が昭和30年代中頃までという事で避雷器はLA12丸型にしています。
この時期は角形も有りますが調べて行くと角形はかなり少ないと思います。

配管加工に続けて塗装作業に入ります。
スカ色なのでクリーム1号+青15号の今までと同じ塗料を用いています。
20日夜で1輛のみ先行で塗装終了しています。(細かいパーツ取り付けは最後に行います)
パンタはトミックスPS13・クローブ形ベンチレーターは現行のカトー103系用を使っています。

客車の製作は全て終了していますが、その後の撮影・パッケージが未了なので出来れば月末アップを目指します。


令和3年6月10日

スロネ30・スロ51の内装・床板の作成−2

スロネ30の床板製作

前回更新より続けて製作を進めていて9日の深夜の更新までには車体はほぼ完成状態で
インレタの貼付が終わっていない所までは進んでいます。

スロネ30の大きな特徴で有る1400Lの水タンクはやはり目立つ存在です。
前位側に有るタンクは温水器で洗面所にお湯を供給する為の物でこの部分は後年に防寒覆いを取り付けています。

インレタ未貼付ながらここまでは完成させています。
廊下側は床下の大型タンクはすごく目立ちます。窓越しに見える個室ドアはここまですると壮観です。

次回は途中で止まっている70系の進行状況をお知らせします。


新型コロナウイルスの現状を見てきました。

当方は月初にいつも休業日としていますが、この月初の日は医療機関に非常勤ながらまだ継続して勤めており(約32年目)
検査で陽性となって入院をされてまた当院に戻って診療を受けている方を何人か見ています。
(4〜5月は本当に陽性者が多かった・この時期はもう保健所からの連絡等は一切有りませんでした)
基礎疾患が有る方で重症病床に約1.5ヶ月程入院されて生還された方のデーターと経過を一通り見る機会が有り、これは正に九死に一生の感が有ります。
肺炎のCT画像は退院軽快時の物ですが、元の炎症画像がかなりハッキリと確認出来て主に背面に廻り込んでいるのが良く解ります。
ある程度炎症が進むと肺炎症状だけで無く血栓が沢山出来てこれが他の臓器にも相当のダメージを与えており
使用薬剤も報道で言われている物が全部使われていて本当にギリギリだった事が見て取れます。
(この例はエクモ使用例では無い・当然ですが画像や検査数値は全て読み取れて理解出来ています)
退院されてからまだそれ程経っていませんがコロナ後遺症がかなり残っており、
社会復帰をされるのはまだかなりの時間を経ないと難しい印象を得ましたし、こうなるとかなり厳しいリハビリを当分の間はしないとという感じです。
懸かってしまっても何とかなるだろうという軽い感じは全くしません。医療資源の使える手は全てを投入して
本当に全力を尽くして何とか生還出来ているという実例を知る事が出来ました。
もっと詳しくお伝え出来ればよいのですが、私には守秘義務がありこれ以上の具体例は書けないのです。
死亡率は低いと言われていますが医療現場はどこも必死で頑張っていてそれが死亡例を作らなくしているのです。
私自身も昔は救急の現場に居ましたので死亡例はある意味敗北感がとても強いので何としても回避したいと思っています。

ワクチン接種はまだ始まったばっかりで、私達の年代でも実際に接種出来るのは今夏以降と思われます。
(私の勤めているクリニックも5月下旬にようやく1回目の優先接種が出来たくらいに遅れています・要するに物流がうまく動いていない)
人流対策は現時点はとても充分とは言えないので新規の感染を減らせる条件が全然まだ揃っていません。
東京への往復だけのリスクだけでは無くてその途中の食事等も全く出来ないという事では
(早朝に出発前の食事以外は一切なしの状態・出来る限りの接触を減らす様にする)
日帰り日程としては相当ハードスケジュールになっていてこれだけでも自分の健康管理そのものが出来ないのではないかと思っています。
あともう一つ大きく違うと思うのは東京と大阪との危機感の違いが明確に有り、新規感染者がなかなか減らない理由はここに有ると思います。


令和3年6月1日 更新

スロネ30・スロ51の内装・床板の作成

スロ51の床板製作

6月1日現在で床板はほぼ完成状態となりました。
ボディの窓貼りとガラベンの取り付け・インレタ貼付で完成となります。

スロネ30の床板製作

6月1日現在、1輛分だけですがここまでは作れています。
個室の扉は旧国用の乗務員扉を流用しています。この長い仕切り板を作るのに3日程費やしています。
その前に一度切り出しを行いましたが同じ寸法に切り出すのには時間がかかりすぎているので方法を変えて作り直しています。

今回のJNMAフェスティバルについて

このページを更新するまでの間に緊急事態宣言が延長となった為、
かなり悩みましたが今回のJNMAフェスティバルの参加は見送りと致します。
参加自体は見送りですが、特製品の製作はこのまま続行して出来るだけ完成させる事を当面の目標とします。

会場でのコミュニケーションはとても捨てがたい物ですが、当方の家族の介護と勤務先の関係から東京に出るのはまだ感染リスクが高いと判断しています。
またJNMAフェスティバル事務局からは30日にようやく申込書を発送したとの事ですが1日夜時点で当方にはまだ届いておらず、
当方の感染対策等の準備が出来ていません。(スクリーンシールドのフィルムや伸縮ポール等の手配は今からやっても当日までには付けられない状態です。)
アルコール消毒液だけは前から有るのですが、各個人毎に使えるほど潤沢ではありません。(約2リットルは必要と思います)
これを1人で持ち運び出来るのは限界が有り、商品の運搬も合わせると当日移動での運搬限界を超えていると思います。

こちらは個人的事情ですが、留守中の介護の手配や宿の手配等ももうすでに出来ない状態になっていますので今回はこう判断せざるを得ない状態です。
(現在の大阪では介護のショートステイがどこも閉鎖されており、介護保険外での利用となって(但し府外で自分での送迎が必要)
は1日約20万円が必要で3日分で60万円の前払いと事前のPCR検査の自費負担はとても耐えられない)


当方の私見ですが、6月20日の宣言終了は現時点ではとても難しいと思われます。(大阪府の詳細発表資料は毎日見ています)
大阪では現在感染しても、入院はおろか診察もしてもらえずほぼほったらかしにされている実情が有り、(保健所からの連絡も来ない)
自宅療養中に悪化してそのまま死亡している例が多数有ります。また20代でも急速に悪化して死亡している例も有ります。(この例は府外です)
救急搬送されても病院に収容されない事例が沢山有って最長で70時間懸かっているケースも出てきており、
現在の医療体制は逼迫では無くほぼ崩壊状態なのでこの時期に一か八かの大きなリスクを取る事は妥当では無いと思っています。
(一般の救急医療を一部止めている状態なので、たとえケガをしても交通事故でもたらい回しになっています)
今日は神戸でイギリス型プラスE484Qの変異も見つかったという報道も出ています。まだしばらくは出ない方が良いと考えています。

6月2日 加筆

2日の夕方にようやく申し込み書が到着しました。
今回から会費が値上げになっています。
感染対策は予想していた通りでシールドスクリーン設置とフェイスガードと消毒液とマスクです。
(これは5/22の開催要項の大枠をブログで見た時に書かれてはいませんが予想はしていた物です)
やはり問題はシールドスクリーン設置で伸縮タイプの棒を四隅に設置してスクリーン展開となりますが、
棒の方は洗濯用の物干し竿で代用出来ますが、(但し新幹線には持ち込み不可)スクリーンは1管10と50メートル巻きが最低発注量で
(但しホームセンターではいつ入ってくるかは解らないし入荷後3日以内に引き取りとの事で発注出来ませんでした)
メートル当たりの単価は4980円で1回で3.6メートルを使うので1回当たり2万円の費用が発生します。
アルコール消毒液も500mlで1980円なので4本で8000円、その他フェイスガードを入れると1万円位にはなります。
当方の場合、当日は販売よりも製作相談の方が多いのでこういう時のコストは意外とバカにならない額になっています。
荷物の量もかなり多くなって約半分くらいが感染対策用品で展示台も入れると商品を搭載できる量はカトー単品箱で20〜24個程度
これに展示用の見本品が1ケース入ってきますのでこれを新幹線の荷物別料金にならない容量内に納めないといけません。
当日の新幹線移動もギリギリで有り、要するに非常にコスト高で非効率なのです。

申込書の開催要項は去年の物を少し手直ししただけなので実際にどうしてくださいとか用意してという部分が非常に不明確です。
これは去年とほぼ同様の内容なので、この部分は手直しをして頂ければ準備が比較的容易に出来て無駄な動きが少なくて済みます。
今年の場合は開催へと進む方向が決まったのは事務局のブログ発信で5月22日・申込書発送が30日と
去年よりはかなり遅めで当方の場合は土曜日〜月曜日の介護の計画を立てる事が難しく無ってからだった為、すぐに色々と施設を探しましたが
今すぐに決めないといけない・現金をすぐ用意しなければダメ・PCRの用意等一週間では解決出来ない事が多すぎました。
今回の参加をしないという判断の主原因はまさにこの時間の無さというのが決定打となってしまいました。
今回は申し込みをしても開催日直前までどれだけ用意すれば良いかという文書は来ないとなっていますので、
たとえ十分に準備をしたとしても当日にあれが足りない・コレが足りないという事が続出すると思っています。


令和3年5月20日 更新

この更新日の夜までにまだJNMAフェスティバルの出展案内・申込書が届いていません。
まだ現在も緊急事態宣言中なのでこの状態が続けばJNMAフェスティバルの参加も難しいのではと思います。
(感染拡大地域での移動制限はかなり厳しい物が有りますしうるさい)製作は引き続き出るという予定で進めています。
今後の状況次第ですが準備の都合もあり不参加もしくは開催しないという事もあり得ますのでお知らせ致します。


令和3年5月10日 更新

スロネ30・スロ51のボディ塗装−2

スロ51に続いてスロネ30の画像で屋根の塗装まで終了していますので
大きい製作残は床板と内装部分の製作・塗装となります。ボディの内側はえび茶色に塗装済みです。
画像の床板はマロネ41の時の試作した床板を使っての撮影なので実際には床板の製作はこれからですが
基本的にはほぼ同じ物を造る事になります。このあたりはスロ51と少し違う部分です。


令和3年5月1日 更新

スロネ30・スロ51のボディ塗装

途中経過報告・現在ボディの塗装中です。
5月1日早朝の現在では基礎塗装(最初の塗膜を形成 10回程度塗装)を終了して中研ぎ作業中です。
中研ぎとは塗装をしている最中には埃の付着は有る程度までは出てしまいます。
付着した埃は1500番位のペーパーで削り落とします。その後に削ってしまった部分を少しずつ補正塗装します。
これは1回では終わらなくて状況に拠って数回行います。
ある程度均質になった時点で仕上げの吹き付けを5〜6回行い問題が無ければブドウ1号の塗装終了となります。(夕方に終了)

5月1日午後9時の段階ではブドウ1号の塗装は終了して青帯の塗装はこのスロ51まで出来ています。

塗装中の画像は撮っていまいたが、イマイチ良くなかったのでアップ出来ませんでした。
(やはり貫徹で撮ると良い物はとれないかな)


令和3年4月20日 更新

70形電車 モハ70のボディ完成

今回の製作上最も手間がかかっている車輛になります。
形態としては昭和26年未更新車の形態で前後の妻面をほぼやり直し位の事をしています。
前位妻面は鋼製ブレスドアと窓がHゴム化されたものでこれは更新後の標準的な顔つきですが、
本来は木製の貫通扉に妻面窓は片側が2段窓の開閉可能の600ミリ窓でもう片方ははめ殺し2段窓となっています。

後位側の妻面はもっと加工が必要になっており、キットでは窓は閉鎖となっていますが、この部分は窓の開け直し、貫通扉の交換だけで無く
昇段ハシゴの削除の有るので一旦ほぼ全てのモールドを削り落としてから窓の開け直しとウインドシル・ヘッダーの再設定加工もします。
これで妻面の通風鎧戸を付ければボディ的には未更新車の形態になります。
さらにこのキットのパンタグラフの取り付けとランボードも高すぎる上にモールド省略になっているので
トミックス製PS13のランボードに交換する為に削除・避雷器も同じく削除しました。
床板は今回T車はGMキットの別の床板に付属の物に台車DT16装備します。
M車はGMコアレスユニットを付けます。

配管加工は従来と同じく致します。
避雷器は時代設定的にはLA12丸型なのでもう少し変わる予定(画像はLA15の位置)

これで一応製作車輛のボディは出そろいました。
ここからはレジンパーツの作成等細かい部分が多くなるので不定期に更新します。


令和3年4月1日 更新

スロネ30・スロ51の製作−2

メールの送受信がウインドウズの自動更新で突然出来なくなってしまい現在修復中ですが、
これがかなり影響してホームページの更新も出来ないという事態になっていましたが、
現在は22日から更新のみ可能という状況になっています。かなり遅れてしまいましたが完成までご案内致します。

スロネ30 ボディ製作

スロネ30は床下配置がかなり特殊になる為、自作床板を使って再現します。
この車輌は新製時の姿を再現していますので末期の姿とは少しですが異なります。ブドウ1号蒼帯の時は東海道の夜行急行に連結されています。
画像はマロネ41の試作時の床板を使って撮影していますので車高調整等はまだ出来ていません。
台車はカトー製のビス台車を装備の為カトーカプラー装着になります。

スロ51 ボディ製作

スロ51も新製時の姿を再現しています。
こちらは床下機器の配置はほぼ普通なのでカトー製の床板に内装板と椅子パーツ等を組み込んで製作する予定です。
こちらも現時点の画像は車高調整は出来ていません。


令和3年2月28日

スロネ30・スロ51の製作
床下機器の製作

スロネ30はマロネ29の復旧改造車であるマロネ39を参考に昭和26年に10輛製作された2等寝台車で4人の個室となりました。
(2等寝台の区分室はマロネ38以外には無い・マロネ38は事情が特殊なので別と考えた方が良い)
床下に特徴が有り水タンクが1400リットル入りで通路側に寄せて取り付けられています。
今回はこのパーツを含めて客車用の汎用パーツと2等寝台も合わせて製作します。

1400リットルと1000リットルの水タンクを新しく製作しました。
(見ての通りプラ削り出しでモールドはキセの貼り合わせ部分は0.3ミリのプラ板切り出しで繋ぎ目は0.14プラペーパーの細切り)
1400Lはスロネ30だけに作られておりその他の車輛に転用は出来ません。
1000Lタンクはスロ51以降の特別2等車に標準で装備されていた防寒キセ汎用品となります。
(今までに有る様で無かった物だけを製作しました。)
それ以外としては魚腹台枠車の水タンクとエアータンク・温水タンクを製作しています。

寝台椅子パーツは前作のマイネ40用では無く新規に作り直しています。
これは寝台長は同じく1900ミリですが 寝台幅が600ミリと少し狭くなっているので背ずりになっている上段寝台の幅も狭めてやる必要が有る為です。
マロネ39では寝台幅は700ミリとなっていましたが、昼間での向かい合わせでの着座時に膝の部分が当たるという事で減寸されています。

マロネ39・スロネ30用 2段寝台

座席としての寸法はほぼ同じ幅に設定していますが、背ずりの部分の高さと厚みを変えてあります。
(着席をしている座面の奥行き寸は1等と2等は大きくは変わらないため)

参考 マロネ40用 1等寝台

前回製作したマロネ40用1等寝台です。
横からの画像では背ずり部分の厚みと高さが違うのが解ると思います。
(寝台幅は700ミリ計算で作成)

今回分は28日更新の物をフライングして20日に更新してしまいました。
更新日訂正しております。

戦後製作の2等寝台車の設備について

戦前の2等寝台車と言えばマロネ37形(37800)が標準として有りますが、
戦争末期の昭和19年4月に使用停止となり普通車マハ47として改造されます。
戦争終結に拠る旅客輸送の大きな増大は寝台車も不足となり、マハ47になって
普通車として使用されていた旧マロネ37を復旧させるに当たり線路長手方向から
枕木方向の横向きに寝台を直す事で4人の個室ながら定員が4人増しの32名となり
昭和25年にマロネ39が3輛復旧改造されました。(丸屋根車)

(マロネ37形ダブルルーフ車は49輛有り43輛がマハ47となっていた・
シングルルーフ車は46輛中14輛がマハ47に改造されていてかなり輛数があります)
当時は1等寝台車と1等座席車(展望車)はそれ程数は無く
2等寝台と座席車は優等車の主力となっています。

それまでの寝台長が1750ミリ→1900ミリとなった事で以外と好評で
廊下側通路の屋根裏部分を荷物置き場にするなど現在の寝台車の標準となる設計でした。
スロネ30はその好評を受けて当時の最新である43形で10輛が昭和26年に完成しました。
出来た時はまだ寝台特急は無く主に東京・大阪間の急行彗星と銀河に充当されています。
2等寝台車はこれ以降は旧形の客車では製造されず20形のナロネ21まで有りません。
20系客車のナロネ20・22は1等寝台車の流れを汲んでいて料金はマロネ40の個室と同じAロネです。
10形軽量客車オロネ10はナロネ21の急行型として考える必要が有ります。

設備は10形ナハネ10や20形ナハネ20の原型とも言える物で
寝台方向が枕木方向の横向きが定着出来た車輌となっています。
客扉デッキも従来は前後に扉を設けていましたがマロネ39以降は後位側の片デッキとなり
マロネ39は扉を閉め切り加工の上で洗面台設置となっていますがスロネ30は最初から
片デッキとなってスッキリしています。
(この構造は前年のマイネ41と同じになっています)
横向きの2段寝台なので屋根の高さはスハ43と同じになっています。
新製当時は2等車には冷房を設置しない方針だったのでスロ60の様な冷房の準備設備もありません。
スロネ30の成功で10形寝台車を製作するに当たり寝台長は1900ミリ
寝台幅は550ミリにして3段寝台(3等車は戦前にスハネ31という物が有る)洗面設備も
スロネ30を参考にして2→3人の連続した洗面台と屋根上の荷物置き場等かなりの部分で
受け継がれているものが有ります。

戦前の2等寝台車としてはこの他にマロネ38が有りますがこれは実質的にはマイネロ的車輛で
区分室は貴賓用として運用されていました。(親補職には旭川に陸軍師団が有りそれ用です)
ダブルルーフ車にはマイネロ37等がありますが、1等部分は個室・2等は開放室という内容です。

令和3年2月10日 更新

クハ76のボディ組み立て

最初にクハ76の組み立てを行います。昭和26年型ですが前面窓がHゴムに改修された形態です。
クハ76に関しては奇数車と偶数車の作り分け以外は同じです。
ディティールアップは最小限として、タヴァサ製のはめ込み窓と三角窓枠を装備・前面部分の手すり加工としていますので
連結はTNカプラーとして価格的には少しリーズナブルな物にする予定です。

クハ76に関しては本来奇数車(東京向き)が多く偶数車(横須賀向き)が少ないのですが最終構成を考えた場合には作らなければいけない車輛なので
敢えて最初に両方共製作してその後に偶数車のクモハ51等を入れていく予定としています。
因みに26年は偶数向きクハ76は3輛と少ないです。

クモハ51は51069や51200〜8も考えています。

製作としてはやや遅れ気味で、客車との並行製作なので次回は出来次第アップします。


令和3年1月10日 更新

GMキットについて

今回はモハ70GMキットボディがベースとなりますが当初よりかなり問題の多いボディなのですが
全くダメという訳では無く妻面の前面改修は避けられませんが部分的には使えますので完全な表現というより
肝心部分に焦点を当てて改修して少なくとも当工房製で有るという所での製作を目指しています。

モハ70ボディの画像

今回は妻面と屋根上の改修が中心となります。

完成予想図

正月を利用して描いてみました。
屋根上の配管加工と妻板の窓廻りは工作に含めていますが妻板の手すりは省略する予定です。


前年のJNMAフェスティバル発表特製品

模型トップに戻ります。