現 在 製 作 中 の 車 輌

ジョーシン秋の新作展示会を終えて完成までラストスパート

今年の製作品目の公開でここからスタートとなります。ページ開始日 7/20

最新更新日 12月10日

完成がかなり遅れていました特製品のまずはNゲージ製品が完成です。
正式画像では無く製作机上で撮影した物なので改めて撮影し直しますが取り敢えずの画像です。
10日23時更新ですのでギリギリの時間です。

Nゲージ 製作編

オロ36・オロフ33

オロ36とオロフ33は等級表示のUの部分が違うみたいです。
オロ36の表記が少ないのですが、窓割りに対して合わなかった為と考えられます。
オロフ33の車掌表記はかなり後まで書かれていた模様でこれもどちらかと言えばイレギュラーな部分です。

マロネ41 23・24

実車ではマロネ41 21番代は元の二重窓のままアルミサッシ窓化されており内窓側が曇りガラスになっていますが
模型上ではそのまま一枚の曇りガラスにしています。


マロネ41 25・26

マロネ41 26のみが洗面所の内側窓が乳白色の物になっていたみたいなので個体差としての表現をしています。
この車輌は一時期ですが台車がTR40DよりTR40Aに戻っていた時期があるようですが、その部分の変更はしていません。
また寝台表記も少しだけ位置が違ってるのですが、これはわざと見分けが付く様にした物と考えられます。

マロネ41 25

マロネ41 26

HO製作も窓張り等の最終部分の製作を除いてほぼ完成に近くなっていますので20日までには完成致します。


最新更新日 12月5日

11/30から5日の更新までほぼ連続して製作を続けています。
HOゲージ 製作編

ボディと床板部分の塗装

最後の大きな工程塗装作業に入りました。
1回を塗装するのは30分程度ですが、乾燥に最低でも5〜8時間かかる為乾燥中にNゲージの製作を平行してやる状態になります。
1色に付き4〜5回は塗装してやる為に相当の時間を使っています。

クリーム4号と朱色4号の塗り分けが取り敢えず出来ていますが、この後に修正作業と細部塗装があります。

Nゲージ 製作編

内装部分の完成

HOゲージの塗装を乾燥させている間に内装部分の製作をしてマロネ41より完成させています。
ボディの屋根廻りの塗装はHO車輌と同じGMダークグレーを吹くので完成はほぼ同時期になると思います。

マロネ41 23の組み立て完成直前の画像

インレタと一部の手すりの取り付け以外はほぼ完成状態で5日の午後3時にこの更新の為に1輛のみ先行完成させています。


最新更新日 12月1日

ジョーシンスーパーキッズランド本店の秋の展示会が無事に終了してから翌々日に製作を再開しました。
(翌日は撤収作業と片付けで終わったのは午前3時頃でしたので製作の再開は出来なかった)

HOゲージ 製作編

床下機器の製作がストップしたままだったので、展示会の翌々日から製作を再開して3日後に出来上がっています。
(事前に製作図面を作成していたので製作そのものは苦しくは無かった)
床下機器の取り付けは極一部を除いてネジ止めになっています。単に接着するよりは手間はかかりますが
確実に取り付けが出来て強固に仕上がるので現在は出来る限りこの方法で製作しています。

キハユニ15 1と3の床下配置はほぼ同一なので同じものにしました。
床下機器のエンジンパーツに入っている物以外は全部レジン製パーツを作成しています。

塗装を開始

まずは内面部分からボディ外側にプライマー処理をします。これを約12時間かけて行って12時間後に塗装を開始します。
塗装も内面部分から開始して、窓廻りをマスキングしてからボディ外側のクリーム4号の吹き付けを行っていきます。

HOの製作はクリーム4号の初回塗装が終わった時の画像で、この後にもう1回しっかり塗膜を形成する為に上塗りをします。
2回の上塗りが完全に乾燥してから不具合部分の研ぎ直しを行ってから補正塗装工程を経て仕上げ塗装に入ります。
12/1日21時現在は研ぎ直しの作業中で午前2〜3時頃に補正塗装の終了を予定しています。

Nゲージ 製作編

塗装編

これも展示会の直前にストップしていた製作を再開しました。
まずボディの内側がフラックスの処理が悪かった為、全面磨き直しとなりこれだけで3日を消費した後に
丸24時間かけてのプライマー吹きをして内面を塗り終わった所からの画像を公開します。この時に床板の塗装も開始しています。

マロネ41 23〜26の内面部分の塗装

内面部分はかなりブツブツ状態の為全面磨き直しをした後にプライマー処理をして乾燥に1日かけてから内面の淡緑3号の塗装に入ります。

マロネ41は緑帯塗装まで出来ています。
この後に屋根廻りの塗装と21番代の特徴である複層Hゴムガラス窓枠の塗装も残っています。
4輛しか写っていないのは各1輛分がオーダーで帯なし出力になっておりこの分は別にしている為です。

内装付きの床板部分もこの段階から塗装をしています。

オロ36・オロフ33の内面部分の塗装

オロ36・オロフ33は内面は薄茶色の塗り潰し塗装を意識した表現をしています。 

12/1本日午後8時よりブドウ2号の塗装に入りました。
画像は1回目の塗装を終わったところでまだ塗り重ねが出来ていない為本来の色合いが出ていません。
この後4回程の塗り重ねを行ってから研ぎ直し作業と補正塗装に入って本日はこれで終了する予定です。
作業終了は午前4時頃になりますので今日の時点ではお見せできないのが残念です。

12/1現在の進行状況です。


最新更新日 11月20日

展示会の展示風景

11/17の展示会の設営を終えた時の画像です。

メインのディオラマ台には旧型国電
(クモハ54007+クハ47116−クモハ42011+クハ68416)
を展示しています。


ディオラマの下にはクモヤ22112とサハ48029とクモヤ22113+クモル23050での回送シーンの連結で展示

客車は前列がマロネ41 23・24と25・26 後列がオロ36とオロフ33を展示しています。

HOブラス製品の製作はキハユニ15 1(岡山区)とキハユニ15 3(加古川区)の初期型の2輛を製作


展示会での様子

18日の土曜日は最初は雨も降って寒かった為か出足は鈍かったのですが、午後1時を過ぎた辺りから段々とお客様が
多くなっていました。当方は都合で午後4時までしかいられなかった為それ以降は解りませんが、
御常連さんはよくいらしていたと思います。
19日は比較的少なく推移し最後の午後3時頃から急に多くなって午後4時を迎えて20分後ぐらいでようやく閉場
後片付けに入り解散は比較的に早く午後5時30分で終了となりました。

ジョーシンでのイベント終了後には全力で完成に向けて製作を再開します。


最新更新日 11月10日

この更新が展示会直前の情報となります。

Nゲージ 製作編

床板・内装の組み立て

マロネ41は床板全体がプラ板製の組み立て+レジン製パーツ+GMキットパーツで構成しています。
GMキットパーツは1輛で2枚分のパーツが必要になっています。

マロネ41 23・24 

マロネ41 25・26


高砂工場で改造の23・24と大宮工場で改造の25・26は床下機器の配置でも微妙な違いがあります。
基本的な配置はほぼ同じですがディーゼル発電機用の接触器の位置が大きな違いと25・26は消火器箱が
寝かされて配置されているものと思われどこにあるのか不明でした。23・24の消火器箱は車軸発電機側に付いており
これは後年のマヤ43の時代でも変わっていないのが確認出来ます。

オロ36・オロフ33

基本的な配置は同じですが、オロフ33には手ブレーキの引棒が追加工作となっています。
画像はオロフ33 


最新更新日 11月1日

Nゲージ 製作編

床板と内装の製作

レジン製パーツの作成

10月11〜15日にかけて4日間レジン成型を行って床下機器・台車の空気バネの揺れ枕・マロネ用の寝台椅子・オロの並ロ用の椅子を製作しました。
ゴム型は新しく作り直して1日で4〜5回成型して必要輛数分のパーツと若干の予備品分を確保しています。

左画像 TR40D用の空気バネパーツ 右画像 開放室用寝台兼座席 

並ロ用のボックスシート(二等車用固定座席)

4日間の成型でレジン2キロ1セット分をほぼ使い切る量ですが、大体で各8輛分くらいまで(1回は半輛分しか出来ない)
レジン材料的には約8割が使われない部分となっていてますが確実に良品成型をする為には仕方が無いと思っています。
成型後は1日以上は放置しておき(当日は成型バリを取るだけにする)その後で塗装出来る様に再形成(ランナーカット等)をして
塗装を出来る状態にしますがここまでするのに1週間前後の作業時間を要します。



最新更新日 10月20日

Nゲージ 製作編

床下機器の製作と床板の製作

マロネ41 23〜26

マロネ41 は前回と同じくプラ板+各種パーツで組み合わせた物で非常に手間のかかる物ですが、模型的にはかなり良い形になります。
今回製作分よりおもりの鉛板が0.8ミリの一枚物になりさらに重心が低くなりました。

この時代の車輌は一部を除いて貫通扉が無かったため、内装部分に客室との仕切り扉を付ける必要が有ります。
マロネ41の場合は昭和32年の1回目の近代化工事で木製扉からアルミ製のHゴム付きの扉に代わっているのでその表現をしています。

この車輌のみ前回製作した車輌の下廻りを一緒に展示予定にしています。

オロ36・オロフ33

オロ36・オロフ33の床板はGMベースですが内装は上記のマロネ41に準じて製作しています。
年代はブドウ2号塗り替えの直後という設定で薄茶色の塗り潰し表現で行います。
画像はオロフ33の床板(組み立て未完成状態)とそれに車体を乗せてバランスが取れているかの確認の為の画像

こちらの貫通扉は最後まで木枠の扉であった可能性が高い為木製ドアの表現をしています。
薄茶色の塗り潰し表現も等級変更の緑帯に替わった直後は(ブドウ1号と思われる)ニス塗りのままだったと思われます。
昭和30年代の後半の写真は白黒の物ですが色調を判断している限りは薄茶色だったと思える物が多かったです。
極一部の車輌のみが客扉が鋼製Hゴム支持のドアに代わっているのでそれに関しては薄緑3号に変更されていると思われます。

オロ36・オロフ33共に同じ仕切り板を使用します。

次回はレジン成型品パーツ作成を予定しています。


最新更新日 10月9日

HOゲージ 製作編

キハユニ15 1

ボディはこれで完成状態になりました。
床板と床下機器は現在製作中です。特に床下機器は足りない部分はレジン製パーツで作成しており
成型が出来てからの組み立て作業となります。

キハユニ15 3

こちらもボディの完成状態です。
ウインドシル・ヘッダーは0.2ミリに変更した効果が良く出ています。
こちらの湘南顔の下に有る馬顔の切り抜き部分は少し斜めにカットされている状態が良く出ています。

この後に床板の艤装と床下機器の取り付けをしますが、床下機器の主要パーツは日光製品を使用出来ますが、細かい部分パーツは自分で製作する必要が有り
レジン成型にて製作するので、Nゲージの内装パーツと一緒に成型する予定です。


最新更新日 10月1日

製作が遅れ気味だったNゲージの製作もようやく見せられる状態になってきました。
内装パーツの製作はこれからなのでまだ多くの作業が残っています。

Nゲージ 製作編

Nゲージの製作は少し遅れていますが、前回からの連作でマロネ41−21番代の残りと戦前二等車の白眉だったオロ36・オロフ33を製作中です。
両車種共に最終形態ですが編成に合わせやすい緑帯が付いていた時代での再現です。

マロネ41 23・24

イエロートレイン製キットからの組み立てになりますが種車はカトー35系からでは無くGMキットと当方自作の床板に
カトー製の台車を組み合わせた作品です。23と24は同じ運用で主に銀河・彗星に連結されていた東海道の花形とも言える車輌です。
各車輌共に微妙ですが違いがあり作り分けをしています。21〜24までが宮原区で昭和45年の最後まで使われた後に
事業用車としてかなり後まで観る事が出来た車輌です。21〜24は宮原区所属です。

マロネ41 25・26

上記と同じイエロートレイン製キットでこの2輛は大船工場で改造されていて外装も少し変化はありますが、内装のやり方が異なっています。
今回の製作では上記の車輌も緑帯時代で再現予定です。25・26は品川区所属です。
25・26は雨樋が妻板側に直されていますがこの時代の改造では通常は丸管に変わるのですが角管を曲げて付けられています。
25・26は前位側の誘導員手すりがありません。(妻板の昇段ハシゴが代わりになっていると思います)

オロ36・オロフ33

前回のオロ35(スロ43)に続いて戦前二等車の白眉の製作です。
今回はブドウ2号・緑帯表記の最終状態での製作です。オロフ33は点灯加工をしていません。

オロ36 

1300ミリの窓幅からくる優美なスタイルがこの車輌の特徴です。

オロフ33 1〜5

昭和12年に5輛のみ製作されています。連合軍に接収されたのは4の1輛のみですが、疎開中に荒廃していて状態が良くなかった為と思います。
テールライトの位置が普通の位置より高く付けられています。
5の前位のみ低い通常の位置に戻されていますがこの車輌のみのイレギュラーと考えた方が良いと思われます。(天リウ配置で急行に使用)
戦前は特急用として使われています。

テールライトの位置がウインドシルの近くまで高く設置されているのが特徴的です。
後位側の700ミリ窓の部分に暖急設備がありこの部分には緑帯が入っていません。



最新更新日 9月20日

HOゲージ 製作編

キハユニ15 1

ボディの組み立ては手すりの取り付けまでがほぼ完了状態です。(ボディ内面の切削作業はまだ)
乗務員扉開口部分の幅は6.0ミリ→6.6ミリに修正しました。
ボディの曲げ加工は10系の貫通扉付きの前面に合わせて製作されている模様でこちらの方が修正量が少なく済んでいます。
ウインドシル・ヘッダーの幅は定石の1.0ミリと1.5ミリにしましたが0.3ミリの厚さだと少しゴツい感じに思えたので0.2ミリの厚さに押さえています。
こちらの車輌は前面に幌を取り付けていた為、後面妻板は幌枠と雨水止めを取り付けてこちら側には幌を付けないで出します。

左画像 仮り付けをして確認している画像扉を付けていないので解りにくいですが少しだけ狭い
右画像はボディに接合して扉の開口部の切削修正を終えたところ(屋根部分の補正を終わっています。)

ウインドウ シル・ヘッダーと雨樋の接着をしている時の画像
雨樋は1.0×0.4 シル・ヘッダーは0.2ミリの厚さなので違いがハッキリ出ています。

キハユニ15 3

こちらも上記車輛とほぼ同じ状態まで出来ています。
こちらは前面部分の合わせ込みが完全に違っていた為相当の修正を迫られる事態でこの部分にかなりの時間を取られましたが
前面の取り付けの後に初期形の特徴で有る馬面を削除して残っている部分の表現はうまく出来たと思います。
なおこの部分は後付けですがボディの厚さと同じ0.4ミリ板を切り出して同じになる様にしています。

ボディの基本組み立てを終えた画像
まだ少しだけ修正点が有るのでこの画像を撮影した後に補正作業をしています。
前面部分とボディとは完全に合わなかったので前面の屋根部分カーブを低めに叩き出しで近い所まで修正してどうにもならない部分のみ
ヤスリでの切削修正を行いました。屋根のカーブが肩の部分で微妙に違って見えるのはこの為です。
ちなみにどれくらい違っていたかと言うと全体的に0.5ミリ程度前面屋根高く出来ています。

ボディの組み立てをほぼ終えた状態の画像で9月18日の深夜撮影です。
ほぼこの状態ので出来上がっています。


HOゲージ 製作編

製作をようやく開始する事が出来ました。開始は8/26より
それ以前に資料の作成を行っておりこれが以外と時間を食う作業になってしまいましたがまとめてみると良く似た形状なので
模型的にはボディの形状だけという所でしょうか、一応要点を書き留めましたので画像としてアップします。

キハユニ15 3(大カコ)

湘南顔の気動車製作としては第5弾となります。
現在資料を集めて作成中です。8月の中旬頃から製作開始予定です。

キハユニ15 3は初期車で車体はバス窓では無い80系の初期車と同じ様なデザインで湘南顔ですが下側が伸ばされて
馬面になっていました。キハユニになってからその部分は切り取られていつもの良く似た顔つきに変更されています。
その後に前面のHゴム部分が小型化されて変顔のキハユニになっていますが、模型はその加工をされる前の顔で製作します。

前面とボディの手すり用の穴開け加工と手すりを作成中


キハユニ15 1(岡オカ)

湘南顔の気動車製作としては第5弾となります。
現在資料を集めています。8月の初め頃から製作開始予定です。

この車輌は最初は上記車輌と同じで初期形のトップナンバーで前面が湘南顔から10系の貫通型に改造された車輌
初期形ではこの1と4の2輛のみで4〜15では1輛 16〜19では17が改造されています。
この2輛は当初配置が鳥取機関区の米子支区(当時)でしばらくして2輛共に岡山に移動されて1はそのまま岡山にとどまり3は加古川に行って上記の車輌となります。
その後にこの車輌と4が前面を10系と同じ貫通型に改造されて初期形では全車形状が異なるという唯一の形状となりました。

前面部分の乗務員扉の開口部がカットされていないのでこの部分は削り込んで形状出しをしてから扉を接着する事になります。
今回の製作分より貫通扉はちゃんとした形になります。(客扉と同じデザインサイズのものが付いていた)
これはお願いいをして店頭には出ていない物を出して頂きました。側面の客扉のパーツなので加工して取り付けとなります。 


この車輌は改造時期が全く同じで工場も大宮工場で有った為か施工方法がほぼ同一となっています。
改造が10系の生産が始まってからなので排気管の立ち上げ方は10系に準じた物になっています。
(後に編入された16〜19は前面のみ湘南顔で10系量産車の先行試作車に当たります)
初めの改造車は温風暖房器も機関予熱器も無かった様ですが寒冷地区の冬には勝てないので、
今回製作のキハユニは改造段階ですでに取り付けが行われた模様です。

Nゲージ 製作編

マロネ41 23・24・25・26

マロネ41は近代化改造を受けて、番代区分として21番代を付けて青15号で塗装した車輌が6輛存在しています。
6輛ともに微妙に形状が異なっている為分けて製作します。今回は23〜26です。
台車もTR40を空気バネに改造したDタイプを製作します。

マロネ41 解

この車輌も連合軍(CTS)の要求で作られた車輌ですが当初は2等車として計画されていましたが最終的にマロネ40の開放室版
という形になりマイネ41として昭和24年に12輛完成しました。
同じ35系ですが切妻車になっていて43系車に誤解されそうですが台枠形状がマロネ40の片扉版なので系列としては35系に入ります。
(35系の最後にオハ42という切妻車が有ります・また43系から35系へ形式変更になったりして多少のややこしさは有ります)

こちらの冷房装置は2種類有り東洋電機の物はKM式に改良を加えた形状なのに対して、三菱電機の物が後のAU21の構造から
空気調和器を除いた形状になっています。どちらも発電機で動かしているという点では共通で
三菱電機の物は初期の段階に置いては初期故障の続発で改造をされて安定するようになりました。(形式はCAC11形)
こちらも戦後の夜行列車の主力として昭和37年頃から内装を中心とした近代化改造工事を受けています。
(その前の昭和30年から一回目の改装工事を受けています・こちらは外装を主に工事しています)
発電機はこの時にディーゼル発電機に変わっています。冷房装置もCU1に置き換わっています。
(近代化改造工事は全車両に施工後もしばらくは茶色のままで緑帯付き)
この最初の近代化工事車は昭和41年頃になって青15号緑帯になっています。
(廃車日付から逆算すると前回の検査日付は何とか推測可能でその時の塗り替えと考えられる・41−3か41−10の改正時期)

さらにその内の6輛が2重窓構造から複層ガラスの固定窓になって青15号に塗り替えられて最後のご奉公をしています。
(最初から青15号になったのはこの6輛のみで最初は緑帯付き、後半は消される・寝台表記だけが残る)
これは推測ですが青15号になった最初の優等車ではないかと思われます。
この6輛は改造が昭和39年11月頃で昭和45年末の廃車ですが、宿泊車や試験車としてかなり後まで使われています。
(碓井鉄道博物館の車輌のこの内の1輛だったと思います)

旧型の客車で青15号に塗り替えられた車輌は基本的に近代化改造工事を昭和43年までに受けた物ですが
この工事をしていてもブドウ2号の塗色のままの車輌は少なからず有ります。
2等車(緑帯車)はこの典型例が多くスロ53・スロ60・オロ40・オロ35等がこれに当たります。
(但し優等車で冷房化対象で無い物はブドウ2号のまま昭和45年位までに全車廃車か荷物車転用になっています)
スハ44とスハフ43−11〜の一部はブドウ2号のままで団体用として当初使用された後(信州観光号)
名古屋局では急行みずほの末尾に使われたりしており窓枠も茶色に塗られた物が有ります。
大鉄局の所属車は早い段階で青15号化されて優等列車の普通指定席車として使用しています。(転換シート)
(昭和50年代になると窓枠の外側はアルミ製で窓枠はFRP製の軽量窓になっています)
複層化ガラスを装備した車輌として有名なものは他にマシ35とオロハネ10のロネ部分が有ります。
10形客車は軽量化の副作用として内部腐食が進んでいたので青15号でも昭和50年代でほぼ廃車になっています。
(関西地区では福知山周辺に集めて保管され大体は桜島の解体用留置線で解体されています)

オロ36 近代化改造 ブドウ2号 緑帯

オロフ33 近代化改造 ブドウ2号 緑帯

オロ36は戦前に製作された2等の最優等車で窓が一番大きい車輌として新製当初から主幹線の特急用として使用されています。
オロ36は38輛製作で2輛が戦災廃車・オロフ33はその暖急車版で製作数は僅か5輛で全体数はそれ程多くはありません。
戦後は連合軍の接収車輛としての使用が多く昭和25年頃から少しずつ返還されて再整備の後に営業用として使用されています。
(接収車輛の内1・2等のほぼ全てと2・3等合造車の9割程度を持って行かれた為国鉄営業用の1・2等車はほぼ無い状況でした)
東海道方面での使用数よりは東北方面の使用数が多いのはその頃にはスロ60・50の特ロが出来ていた為と思われます。
この辺りは戦前の最優等食堂車のマシ38が返還が遅れた為に急行用と貴賓予備車になった経緯と良く似た部分が有ります。
この車輌も昭和30年頃から近代化工事を受けています。
近代化改造工事は主に内装が中心で座席ふとん地の張り替えやニス塗りの室内を塗り潰しに変えたり窓の下の部分に緩衝ゴムを入れたりと
細かい部分が多く外観はそれほどの変化は見られません。一部の車輌は客ドアの交換がされています。
模型上ではオロフのTR点灯加工はしない予定です。

二等車(並ロ)解説
戦前(昭和の初期)の一等車は極一部の列車にのみ連結されており乗車出来る人も極一部の人に限られていました。
ですので基本的に二等車が各地区の基本的な優等車輛で寝台車も基本が二等車になっています。
線区として利用が少ない地域にはスロハ等の合造車がかなり多く配置されていて主要線区の普通列車にも
連結されている例は数多くあります。
戦争が始まって最初はそのまま運用されていましたが、昭和19年から一等車の運用停止・食堂車の連結無し
という事態になっていきますが、二等車の連結は続けられています。
この状況が大きく変化したのは戦後の進駐軍に拠る車輌の接収で優等車の殆どを取られてしまい
僅かに隠した車輌で隠密に一等車並に改造して皇族用車輌としたりした物も有ります。(スロハ32)
一般用として残された車輌も僅かでしたので主幹線の一部列車のみ連結という事になります。
昭和24年から一部車輌の返還が始まってますが再整備に時間がかかり少しずつ戻っていく状況下で
連合軍CTSの命令で特ロが製作されてここで並ロと区別がされました。
この時代は古い車輌も使われていたので30系のオロ30等は普通列車に連結出来る様になっています。
オロ30等の古い車輌も順次再整備されて座席の取り替え等も行われたりしています。
(山陰線の普通列車では昭和30年代後半までオロ30が連結されていました)
当時は内装はシナベニヤにクリアーニス塗りに青地の座席が標準です。(屋根は白)
食堂車も内装は二等車と同等で基本的には三等車の乗客は利用しにくい様に編成されています。
(大体は二等車と一等車との間に連結されているのが普通です)
並ロも昭和28〜30年頃に近代化改造されて内装の塗り潰し塗装・座席改良・鋼板扉へのの取り替え等をしており
大体ですが昭和37〜8年頃までは各地に配置されていました。
これ以降は廃車対象となっていた為に荷物車に改造されたりして消滅しています。

戦前の一等車を普通に利用出来た人多く無くは皇族・華族の上位者・軍人の師団長以上の親補職以上くらいで
当時の県知事は勅任ですが親補職でないのでその地域には一等車の配置がありません
逆に陸軍の師団本部が有る旭川には一等車の連結がありました。いずれも東京に向けての列車です。
(竹下・広島・宮原・品川・尾久・仙台・函館が配置区、クロ49のみ横須賀配置)
当時の陸軍は14個師団+朝鮮軍+台湾軍で満州の関東軍はまだ無い時代
海軍は3鎮守府で佐世保・呉・横須賀
ちなみに当時の朝鮮と台湾には一等車は存在しています。(総督が親補職のため)
朝鮮へは関釜航路(下関−釜山)で繋がっていて大連までの列車があります。
一等車は基本的に区分室を前提としており合造車が普通、開放室の展望車はその例外に当たります。
昭和初期になって31形の一等寝台車が登場して当時の燕に連結されています。
これらの車輌の中には当時は珍しい入浴施設を装備した車輌も有ります。

模型トップへ戻ります