機関車の特集ページ

D51−499 後藤デフ 福知山区・奈良区

カトー製品加工 特製品 平成22年作品

今回で蒸気機関車の製作6作目となります。
現行品D51は製品がいよいよ世代交代となる予定のため最終となりそうです。
そこでいままで挑戦出来ていなかった499号機後藤デフをテーマとして選定しました。
この機関車は私自身に取っても4歳の頃のSLの旅運転(大阪〜丹後山田・加悦鉄道)の時に大阪駅〜京都駅牽引機で
記念撮影でこの機関車をバックにして写真を撮っています。京都〜綾部がこの機関車で宮津線が9600牽引でした。
(その時の記念乗車券や入場券は大切に保存しています。京都では交換作業中に汽笛を鳴らさせて貰いました)
製品としてクリアーしなければいけないのはキャブ前面の長いヒサシ(福知山・鳥取方面の特有装備)とデフの強度確保です。
今回はやえもんデザインのロストワックスパーツを多用しておりコスト面では相当厳しいものですが思い入れのある車輌なので
かなり割り切って製作しています。(D51の種車代よりも付加するパーツ代の方が高い)
福知山時代はまだ標準マーク(通称GTマーク)が付いていた時代の冬装備で昭和37〜8年頃まで
奈良区は加太越え等の関西線で働いていた最終末期の姿にしています。
前作のC11と同じく前部連結器はカトーナックルカプラー装備にして連結可能となっています。

試作機の加工状況と完成画像

試作車は自分の手持ちの機関車を使っているのでまだ黒染め車輪以前の製品を使っています。

試作品の完成画像

一部の部分を除いては製品とほぼ同じ仕様です。
(製品は最新ロットの黒染め車輪です。)

前部ナックルカプラー装備でKDカプラー車を牽引可能となっています。(連結水平面も同一です)

製作内容(画像は試作製作品です)
基本的にカトー製D51標準型にやえもんデザインのロスト製パーツと銀河製パーツを主に使ってディティールアップ加工しています。

試作品で加減弁テコ・HR・空気分配弁廻りがロストパーツですがこれは汎用品に変更して加減弁テコは無加工とします。
空気分配弁廻りのパイピング加工は未施工としています。(分配弁そのものは取り付けしています。)
先台車の車輪はプレート車輪が正解ですが、これもパーツ未入手なので種車のままとします。
(気になる方はワールド工芸で昔出ていた物と交換されればと思います)

キャブ部分は福知山時代は大型のバタフライスクリーンが運転士側のみ付いていますが(簡易加工となりました)
奈良時代はすでに撤去されている
ので奈良区仕様は付きません。
関西地区特有のタブレットキャツチャーは窓下に装備して実車同様にナンバープレートを下げて付けます。
それに付随する形で所属札入れと点検蓋の位置も下げます。(運転席側は速度検出器・助士側は二子三方水管)

テンダー部分は電路パイプも削り落としの上で再モールド、テンダーライトは台の上にボルト固定しているタイプなので
台を作成の上でライトパーツを接着します。炭庫後部の補強材もT型鋼を再現しています。(試作品は棒材加工で異なります)

各パーツはデフレクターは以前からストックしていたレボリューションファクトリー製のGTマーク付きと無しの物の2種類を使用して
奈良機関区時代(加太越え)はGTマーク無し・スノープラウ無しとなります。キャブ前方ヒサシは真鍮の自作品です。
前部の連結器はネジ止めされたナックルカプラーで連結可能です。(首振りはしますが復元バネは無いので戻りません)
キャブの側面窓は前方側のみアクリル削り出し窓を作成して取り付けています。

試作品の種車は旧製品の黒染め以前の車輌ですが、特製品は最新ロット品となっています。

塗装は半光沢ですが、従前と同様に光沢塗装の後に少しだけつや消し処理をするやり方で鈍く反射します。

福知山区の装備
奈良区の基礎加工+大型バタフライスクリーン・スノープラウ取り付け・デフにGTマーク

奈良運転所時代の画像(製品版)
(デフ中央のGTマークはこの時代取り外されていて有りません。)
主に奈良−亀山間のいわゆる加太越えが有名です。

キャブ前方ヒサシは真鍮からの自作品で山陰地区の機関車はこの様なヒサシの長い機関車が多かったのです。
梅小路・宮原・福知山の機関区ではナンバープレートを下げてタブレットキャッチャーを窓下に装備した車輌が多いです。

後藤デフのGTマークについて
戦後の昭和20〜24年頃までは国鉄全体が設備・機関車・客車・電車の全てで荒廃が相当進んでいて
特に昭和19年以降製作の車輌については、代用物資での製作等で機関車においてはボイラー爆発事故や低火力の石炭使用
に拠って起きるトンネル内の窒息事故、信号故障に拠る衝突事故、電気車のフラッシュオーバーによる火災焼損が頻発していました。
(弾丸列車用のD52ボイラは気密不良・EF13は銅が不足していたため一部を鉄で代用、軸重不足でコンクリート死重を積む)
そこでこの様な車輌を再整備する際に新しく標準整備仕様を工作局が
策定して各機関区や客車区・電車区に指示をして各区数輌を模範車輌として掲示する事になり機関区毎に色々なマークが有ります。
GTマークもその一つでGT(後藤工場)標準整備車を掲示しているものです。(このマークの中に標の文字が入っています)
同じ様な目的では梅小路・宮原機関区の鳩マーク(特急はとに使う為)や名古屋機関区の色付きナンバープレートが有り
それぞれの機関区の運転士と整備士の意地と誇りで有ったと聞いています。
499はこの特異デフを付けた時に装着されて昭和38年頃までは確認出来ますが以後40年までにはは取り外された様で
溶接で取り付けた物を剥がした跡が最後まで残っていました。
客車にも同じ意味のマークが有り漢字のの様なマークが標準整備車を示すマークで優等車にはかなりの確率で入っています。
電車は編成の先頭に整備電車と掲げた看板を付けている車輌が見かけられます。

SLの旅運転(大阪〜丹後山田・加悦鉄道)について

鉄道ピクトリアル 2008−6月号にこのことが掲載されており、マロネ40・スロ51・オシ17が連結されて7両編成だったそうです。
(編成は覚えていませんが乗ったのはスハ42系だった記憶が有ります。切符を見ると10月25日ですこし寒かったと思います。
丹後山田はホームが足りないので客車のデッキからあの高さを飛び降りました・加悦鉄道は荷物デッキ付きの車輌に乗っています。)
この印象がよほど強かったと思いますが蒸気機関車特製品の1作目はC57−5でした。
これと同じくらいの印象はSLポンパ号でカラーペイントされたC11の画像が頭の中にハッキリ残っています。


EF71 2次型 電気機関車
トミックス製品 平成22年作品

完成品からのディテイールアップ加工です。全体的には雑誌等の機関車のディティールUP加工に準じています。
加工点は手すり加工の他にジャンバー栓とブレーキホース等の取りつけが特に目立っています。
機関車は2次型でナンバープレートが1種類しか無く事実上の固定ナンバーとなっています。

通常の細密化加工ですが、部分塗装で済ませても調色が決まっているために違和感が無いのが特徴です。
従って銀帯や表記類がそのまま生かせるのが利点ですが、調色はかなり難しくなります。
普通ですとゴテゴテ感が出てしまうのですが、なるべくスマートに仕上がる様に心がけています。


C11 41号機 倉吉線 通称デカツバメ
平成21作品

蒸気機関車の製作法はほぼ確立されてきましたので前作と加工内容は大きくは変化しませんが
それなりに深化していると思います。
倉吉線の蒸気さよなら運転でデフに手書きで描かれたツバメマークで有名になりました。(当時は不評)
このツバメマークからデカツバメと呼ばれています。
この線区はターンテーブルが終端駅に無かったのでバック運転が普通に見られ貨物との併結も多く
ミキスト状態が多かったと思います。客車はオハフ61+貨車数両といった感じで模型でも再現可能な様に
前部連結器は新ナックルカプラーを取りつけています。(スカートとの干渉はしないが復元出来ない)
実車は前照灯がLP405のシールドビームですが、点灯優先の為敢えてこの部分は未加工としています。
(やって出来ない加工では有りませんが高価になってしまうのでコスト的に中止)
この機関車の為にスノープラウとサイドタンク揺れ止めを製作しました。

試作機の加工状況と完成画像

試作機は一部に年代相違が有るようなので販売品は修正されています。
一部の取りつけパーツにも装備法の変更をしています。

米子区仕様の完成状態画像

簡易ですが、2次形の特徴の前位タンクの小さい点寒冷地仕様やバック運転を考慮したテールライト等米子区の特徴が出ています。
ツバメマークはインレタにて作成・画像では白に見えますが実際はグレーです。(倉吉線は未貼付で添付しています)
ちなみにスノープラウは前部が開くタイプですが模型表現上難しいため取りつけ位置を少し後退させて連結可能としました。

志布志機関区仕様の画像

志布志機関区仕様は前後部のスノープラウと旋回窓を撤去して空気圧縮機の後にオイルポンプ箱が追加されて
前面のテールライトは撤去されて、タンク後面に増設されています。(前面は常用では無いのでその都度取りつけた模様)
ツバメマークはそのまま残されて使用したため添付状態での出荷となります。主連棒等のロッドは赤色が入れられています。
日南線での主に貨物牽引で志布志までが通常ですが、一部鹿屋までの運用が有ります。(この場合の帰りはバック運転)


C55 53 筑豊時代
平成20年作品

前回の工作方式を踏襲しながら部分的にベースアップしました。
筑豊時代は以前の宮崎区にいたときのテンダー振り替えをしたままの状態で、前部への暖房管は撤去されていますが
その他の特徴はほぼそのままとなっています。
この機関車の速度検出装置は従台車では無く第三動輪へ伸びておりコンプレッサー横に長いステーが有ります。
増炭囲いは銀河製品では形状が異なっていますのでプラ板のスクラッチ工作です。

増炭囲い付近のテンダー拡大画像 テンダー手すりとハンドブレーキホイールが追加されているのが見えます。
増炭囲いはテンダー側壁の内側に貼り付けるタイプでは無く上の縁に積み上げるタイプです。


C57−1 新津機関区 現役時代
平成20年作品

C57−1は現在山口線で走行していますが、現役時代は新津機関区所属で主に磐越西線で働き転覆事故で廃車寸前まで行きながら
見事に復活しました。模型は復活後の姿を表現しています。但し種車の関係上先台車輪は替えていません。(当初ディスク転輪)
逆止弁はボイラー交換の時にドーム前からランボード上に置きかわっています。
模型はカトー製品加工で180号機とキャブレターを交換したボディを使用しています。
新津機関区の多くの機関車に装備されていた大型のドーム前ランボードステーは真鍮線自作しています。

キャブレターの延長屋根は3次形180号機と交換・旋回窓を貼り付け装備、窓ガラスはアクリル製はめ込み窓

ナンバープレートは今回自作しました。テンダーのナンバープレートのみメーカーオリジナルを付けています。


C57−186 3次形 宮崎機関区
平成20年作品

カトー製品加工で180号機を標準型キャブレターと交換して基本形態に直してから加工しています。(テンダーも交換)
上記のC57−1とセットで製作しないとボディパーツの無駄が多いのでついで的に製作しましたが、実はこの機関車が
今回一番手間暇がかかっています
宮崎機関区のC55・C57は客貨両用で使われて延岡までのロングラン急行仕業も有るので蒸気暖房管が前方まで延長装備
されていたのが大きな特徴と言えます。昭和30年後半〜50年頃は各地の余剰機関車が集まって来ましたので前の所属の
特徴を有る程度残しながら宮崎装備をしている姿となっています。186号機も前所属は新津機関区で
1号機と同じ大型のドームランボードステー装備でテンダーも凍結防止フロー管が付いています。
前方のテールライトは新津機関区時代には未装備だったため前梁取り付けでは無くボードのポールに取り付けた形になっています。
テンダーは増炭囲いを自作しています。
186号機はこの後宮崎機関区から北海道に渡って岩見沢機関区で廃車となりました。

テンダーの台車は3次形の為板台枠、製品に付いていた重油タンクつきテンダーは交換しています。
増炭囲いもC55と同じ方式の増設法です。

186号機は加工量・使用パーツ共に一番コストと手間がかかっています。


C57 5 梅小路機関区
平成19年作品

カトー製品ベースでディティールの足りない部分を補う様な感じでアップグレードを図っています。
特に手摺り関係と足りない配管や機械装置を中心に加工しています。
こちらは前面ナンバープレートを形式付きプレートを表現でテンダーも内容的に下のD51とじ内容の加工です。
デフレクターは交換では無く点検窓を埋めて加工してありますので強度に関して心配は無いと思います。
区名表示(梅)が入っての完成で昭和42年頃の福知山から帰ってきた時の夏状態(スノープラウ無し)です。

この画像の機関車は特製品にプラス加工されておりますが基本は同じです。(画像は旧車・製品は黒染めの現行品を加工)
+加工は給水管廻り・発電機廻りエアータンク、給水温め機の色差し・汽笛はロスト製
テンダー台車エンドビーム追加・エンジンとテンダーとのドローパー短縮加工になっています。

エンジン基本加工部分
デフレクター点検窓埋め・解放テコ交換・誘導員にぎり棒・ブレーキホース・ナンバープレート・逆止弁・標識灯
清缶剤送入装置・二子三方コック・SG配管・キャブはめ込み窓・雨樋・区名札・空気分配弁・炭庫散水管・
製造銘板・CP、給水ポンプ色差し・ランボード色差し・火室部色差し

機関士側はあまり大きく変化していません。助士側の方が発電機廻りの加工や二子三方コック取り付けや給水管配管+暖房蒸気管
の追加加工等工作はこちら側に偏寄してます。キャブ屋根の上に付いているのは散水管です。
この画像の機関車はドローパーの短縮加工をして間隔を狭めています。

塗装前の全体画像、この方が取りつけた物がどれかの把握はし易いと思います。

テンダーはD51とほぼ同じ加工で取りつけているパーツが若干変わっているだけです。

テンダー基本加工部分
標識灯・解放テコ・テンダーライト・昇段ハシゴ・誘導員手摺り・SGホース・SG配管・ATS車上子+配管
テンダー前部ステップ・テンダー前部手摺り・手ブレーキハンドル


D51 1 梅小路保存機
平成19年作品

カトー製品ベースでディティールの足りない部分を補う様な感じでアップグレードを図っています。
特に手摺り関係と足りない配管や機械装置を中心に加工しています。
ナンバープレートは通常の位置よりも低い位置に有るのでプレートの凹み部分は埋めてあります。
区名表示(梅)が入った状態です 。
缶胴手摺り・空気作用管・発電機廻り配管等は取り扱いとコスト面を考えてそのままにしています。

エンジン部分の加工と取り付けパーツは次の通り
解放テコ・ブレーキホース・標識灯・前照灯LP403+シールドビーム・煙室手摺り
逆止弁・汽笛・清管剤注入装置・キャブ雨樋・炭庫散水機・作用管は塗装・ナンバープレート・区名表記(梅)

テンダー部分の加工と取り付けパーツ
はATS配管+車上子・SG配管+SGホース・ステップ・手摺り・標識灯・前照灯(耐寒型)
手ブレーキハンドル・解放テコを取り付け加工しました。


EF210−100番代 109〜 シングルアームパンタ装備車
平成19年作品

カトー製品加工車で109番以降のシングルアームパンタ装備車を再現しています。
シングルアームはカトーのアッセンブリーパーツを使用、その他は前面の手摺りや解放テコ・ブレーキホース(トミックス)
で軽めの加工です。車番はエッチングパーツを高さ調整と前面部分は曲面加工してなるべくツライチになるようにしています。
車体はATS車上子を取りつけただけですが非常に効果が有ります。


EF58 60・61号機 お召し仕様 スーパーディティールアップ タメ色塗装
平成17年作品

カトー製品EF58 お召し・お召し予備の加工ですが今回出来る限りのディティールアップを施しました。
一見しただけでは単に下廻りを塗ったくらいにしか思えませんが屋根廻りからほぼ全ての手摺り類、フックは
削り落としてからエッチングパーツか自作の真鍮線パーツを作って植え込み直しをしており、
穴を開けるだけで優に100カ所以上、取り付けパーツも数十点を超えています。
下廻りの塗装は単に銀を色差ししたものでなく、銀に全部塗装後に黒のツヤ有りを筆塗装にしています。

ボディと屋根廻りの加工
ヘッドライトは金のテープ貼り、銀河の汽笛・高圧回路パーツ取り付け、
取っ手・フック類の別パーツ化、避雷器配線の追加、屋根昇段ハシゴ・乗務員室手摺り等の別パーツ化が見えます。
下廻りは銀塗装の後に黒を筆塗りしているので銀色の均質感が出ています。車体表記はインレタを作成貼付しています。


EF60−19 やすらぎ塗装 軽加工
平成17年作品

高崎運転所のやすらぎ塗装機を軽加工を加えたものです。
製品は以前にラウンドハウス名義で出ていたもので実機通りに2灯化(いわゆるブタ鼻)+レンズも2灯化して
明るく点灯出来る様にしています。当然ライトレンズは全て削りだしの自作となりました。
その他の所にも色差しを加えて全体をグレードアップさせています。

ついでの記念撮影


EF58 青大将 小窓機
平成16年作品

未塗装で発売されていた初期小窓機を塗装、さらに極初期に施されていた下廻りを濃緑塗装としています。

ナンバープレートは未取り付けです。画像では見づらいですが下回りは濃緑塗装となっています。

価格=18900円


EF58−45号機 特定番仕様
平成16年作品

鋳鋼製先台車を最後まで装備していた宮原区所属の45号機の一般色と青大将塗装の2種類を製作しました。
青大将塗装は上越から移ってきてからまもなくの姿を、
一般色はエアーフィルターと前面小窓改造をされていない時の昭和40年代の姿を再現しています。
ライトケースは250W化の際に段差の付いた表現になっています。避雷器はどちらもLA12丸形


EF64−35・66号機 ユーロライナー塗装
12系ユーロライナー再塗装・14系ユーロピア塗り替え

平成14年作品

EF64−35・66号機の制作に併せて同じ色調とするため12・14系ユートピア塗装も制作しました。
車体色はなるべく実車に近い発色を出すため特別な調色をしています。