機関車の特集ページ

令和4年5月20日

ED76−500番代 細密化加工

製作方法はEF70・ED73と同じ方法での製作ですが、この車輌は青函トンネル用として製作された車輌の為
車体色は関東方面の赤2号での塗装となるのでこの車輌のみカトーの赤2号に適合する様に調色しています。
一旦ボディは分解してガラスも全部取り外しますが手すりの部分のみの本当の部分塗装で塗った部分とカトー製品の塗装が混在しています。
飾り帯は前回同様で長谷川製のアルミシールを使用しています。
碍子部分は関東以北は碍子陶器色のままなのでやや明るいアイボリーを調色して手塗り塗装しています。

前面部分は窓下の手すりと屋根上の手すり・乗務員手すりはこちらで作成した物ですが誘導員手すりや開放テコは製品のままを上塗り塗装したもの
部分塗装なので側面にあるエンド表記等が消えないでそのまま残しています。

この製作の肝の部分は細密化加工では無く塗装色をいかにしてマッチングさせるかという方が難しい製作になっています。
この赤2号は関西・九州方面はやや朱色方向へ調色しますが、関東以北は赤にマルーン系を足して黒と青(色の元)とのマッチングで実現しています。


令和4年3月20日

EF70−0番代・1000番代 細密化加工

これも前作ED73−1000と同じ手法で製作しています。
0番代は1000番代からの先祖返り加工で大きな違いはKE70栓の有無位なのですが、
車番の部分を平滑化加工が飾り帯にかかる為ギリギリを付く必要が有ります。(製品の飾り帯はモールド+塗装)

飾り帯は前作と同じく長谷川の限定品シールを使って再現し直していて元の塗装の銀よりは金属感が有ります。
車番は今回一番苦労した部分でカトーから以前に出ていたグリーンマークの下に有った車番を使っています。(10年前以上の物)
今回は製作途中の画像は割愛して主に完成画像をお見せします。
なおこの車輛も屋根上の配線を一部改変していて塗色も前回ED73と同じ塗料で塗装しています。

1000番代

0番代 原型機

製品は1000番代からなのでナンバープレート部分の穴埋め・平滑化加工とスカート部のジャンバー栓の撤去がメイン工作です。
エアーホースは高速ブレーキ用が無いので1本少なくなっています。
メーカープレートは印刷表現なので銀河製のプレートに赤の色差しをして付け足しています。

屋根上配管もかなりの部分で変えています。

飾り帯の材料

ハセガワから出ている限定品のシールを使っています。
製品は数種類有りこれ以外にもアルミ・ジュラルミンを表現する物や鏡面仕上げも有ります。
かなり薄く出来ており曲面にも対応しているのでとても接着面に対してなじみが良く皺が出来にくくなっています。
難点はやや高価で12〜1400円もします。
元々は飛行機の機体で無塗装ジュラルミン表現を行う為のシートです。

0番代は主に旧形客車・1000番代はつるぎ・日本海の20形客車を牽引している設定で撮影しました。


令和4年1月20日

ED73−1000 細密化加工 

カトー製品を細密化加工をして今回は塗装をやり直しています。
交流機関車は東京の50Hzと関西の60Hzとでは色のニュアンスが違っていてこの部分の変更をしています。
なお少しだけですが、屋根上の碍子上を走っている電線も実車と同様の配線では無かったのでこの部分のやり直しを一部行っています。

まずは手すり等のモールドの削除

今回は車体を塗り替えてしまうので手すりの削除だけでは無く、前面の飾り帯も塗ってしまう為飾り帯を別の方法で表現しています。

手すりを仮で取り付けて飾り帯をハセガワ限定で発売されているステンレス調のシールを1.2_に切り出して仮の貼り付けを行って
これで大丈夫なのかどうかを検討する為に撮った画像でほぼ大丈夫の様なので無事採用となりました。
なおこのシールは極薄で曲面でも伸びる様になっておりこの様な使い方は合っていると思います。
シールの表現は10種類程度有り本来は飛行機のジュラルミン面の表現に使う物の様です。

屋根上配管の補正

屋根上の配管は一部省略の為か実車と違う部分が有るので一部配管の曲げ直しを行っています。
具体的には避雷器とパンタの間にある三角形に配置されている碍子のうち中の2個が室内に電気を送る送電タップになっています。
碍子は一旦屋根から取り外して緑色のシリコン塗布部分と電管を支えている部分はねずみ1号に分けて塗装しています。
室内に電気を送るタップはねずみ1号のみの塗装としています。

完 成 画 像

車番インレタは付属の物を貼付して、メーカープレートはこの部分のみマスキングして残る様にしています。
前面の飾り帯の出来はかなり良く元の塗装された帯よりも感覚的にはアップグレードされています。

今回は赤2号の塗色をかなり明るめにしました。
私自身は当時の実物を見ていて関西方面の交流機と関東以北の色は違うと思っていて、
それを表現する為の赤2号として調色作成しました。この塗色は北陸線のEF70やED70がこの色だったと認識しています。
カプラーの部分で見えにくいのですがジャンバー栓ホースの取り付けとエアーホースの取り付けも行っています。
実物を見た時は牽引は貨物かブルートレイン20系の末期ですが九州への帰省時に門司駅で
この系列かED76に繋ぎ変えの時間が10〜15分の停車中にずっとホームで見ていた記憶があります。
私が見ている時にはもう一部の列車にしかヘッドマークが付かない時代です。

今回の製作車輌は当方にも製作見本として1輛全く同じ仕様のものを手元に置いています。
機会があればお見せ出来ると思います。

今回の製作に当たっては 交友社 視録 電気機関車−3 が良い参考となり非常に役立ちました。
この本は高価ですが、細部の写真が丁寧に撮影されていて模型としての良い参考となります。


令和3年3月20日

スタジオフィール製キット DF93の修復 Part−2

生地状態にしてからは、そのまま再塗装するのでは無くて未加工部分になっているところや不具合の出ている箇所を
修正加工します。修正加工の後にボディ裏側の 余分なハンダやボディの歪みの部分をある程度まで解消出来る様にしていきます。

前面部分の改修

やはり一番時間を使った部分です。
ここはハンダで接合されているのみで角の部分がそのまま残っています。
この部分はセオリー通りで裏側のハンダをかなり厚い目に盛って於いて削り込みをしていきます。
ボディと全面の継ぎ目に当たる角の部分をかなり丸くして削り込みます。
裏側のハンダ盛り厚くをしていますがこの部分は削り込みの途中で穴が開いてしまいますのでその都度部分的に修復と削り込みを行い
最終的に形になった判断した時点での撮影です。

比較画像 生地状態で全面未加工の状態

比較画像 前面を削り込みをして修正した画像

前面のおでこ部分はかなり削り込みをして下がっています。
前面から側面に廻り込む部分のRもかなり付け直しています。
窓下の折れ線切り込みは窓廻りの歪みがひどくなると判断してハンダ埋めをしていません。
ヘッドライトのケースは貫通穴が無い状態でしたがこの時に貫通させて種車のライト光源が出る様にしました。
乗務員室の手すりは状態が良くないので作り直す事にしてこの時には一旦削除しています。

屋根廻りの加工

全体的に組み立てが甘い部分と排気管・モニター部分の瞬間接着剤がすごい量ではみ出していたので
(モニターの横にある6連の箱状のモールドが全部埋まっている状態でした)
全部削除してスッキリさせてから屋根上の機器箱等を付け直していきます。
ハンダでの取り付け直後の画像で余分なハンダは削除します。

ボディの裏側

表側の加工が終了してからボディ裏側の清掃作業に取りかかりますがものすごい玉状のハンダが大量に有るので
1個ずつモーターツールで荒削りをして最後はキサゲ刷毛を何回も繰り返しブラッシングして下の画像はその後に内面部分の塗装をしていますが
ほぼ平坦になっている事が解ると思います。
あまりデコボコが多すぎると窓ガラスの取り付けが悪くなり各所で浮いてしまうという事を防ぎたかったためです。
内面部分だけでハンダは20グラム強は削除出来たと思われます。

塗装工程

塗装は最終工程になりますが、元の塗装はどこから情報をもっきているのか不明の為
昭和30年代後半に千葉機関区の時の画像を参考にしてクリーム色と緑色を調色して塗装しました。
日立ロゴと車番はインレタを作成して貼り付けています。
ライトレンズはHR・TR共に再使用不可の為新しく作り直しています。最後に前面の手すりを付けて完成となりました。

完成画像

これで鉄道模型らしく修正・再加工が出来たと思います。
但しこの作業はキットを組み立てていくよりは時間がかかってしまうのが欠点といえば欠点ですが
もう入手自体がもうほぼ不可能の物なのでちゃんとした時間と手間を懸ければ再生出来るという一例になったと思います。
なおキットの中味の相違部分に関してはコストアップが大きいので見送りとさせて頂いています。


更新日 令和3年2月20日

スタジオフィール製キット DF93の修復 Part−1

スタジオフィール製キットを組み立て済みの物を修復して再塗装をする工作です。
動力ユニットは初期のマイクロエースの製品DF90と思われます。
実車は昭和33年のエカフェ展の後に国鉄に貸し出されて後続機もなく数年後に返却されました。
この機関車自体は外国に輸出する目的で製作されており同タイプの物は製作・輸出されています。

塗装と仕上がり状態は決して良いという状態ではありませんので
塗装を全部落として下地の作り直しと未加工部分の修正を目的として工作を開始します。

加工前の状態から

色調はやや異なりますが、大体は出来ています。 
今回はボディのみの補修・加工と再塗装なので動力ユニットの加工は行いません。

動力ユニットと窓ガラス・ヘッドライト・テールライトレンズを外してシンナープールに2時間程度漬け込みをしてから
ブラッシングと細かい部分の拭き取りを行って生地状態に戻します。
シンナープールに漬ける時は少ない量だと落としきれないので今回は2リットルぐらいで落としています。
シンナーは模型用では無く自動車用塗料の一般洗浄用の比較的安価な物を使っています。
なおホームセンター等で売られている薄め液はほぼ使えませんのでご注意願います。(HOブラス用のシンナーにかなり近い)

生地状態になりました

生地状態にして解ってきた事は全部がハンダ付けでは無くかなりの部分で瞬間接着剤+セッターで固めてしまっている事で
かなりの部分でモールドが埋まっている状態になっています。
また手すり等の取り付けも瞬間接着剤を付ける前に折り曲げをしている為に不均一となっています。
内部もハンダが流れていないので部分的にコブの盛り上がった状態になっていてかなりの部分でデコボコになっています。
手すり等の細かいパーツは再使用不可の為取り外して作り直しとなります。
内部・外部共に徹底的な磨き直しとはみ出し部分の除去を行い整形不良部分は削り込んで修正してやる必要が有ります。

外装部分のはみ出した接着材とハンダはキサゲ刷毛で丁寧に落としてやりますが、これがすごい手間で
刷毛を4種類使って落とすのですが何十回も刷毛先が曲がりきって使えなくなりその度にグラインドして刷毛の面を整えるという
根気のいる作業を7日間行いました。普通の人ならキサゲ刷毛が多分1本はきれいに無くなる程の作業量です。
内部に関しては刷毛では出来ない部分が有りリューターで荒削りをしてからやはり最後はキサゲ刷毛で整えます。
合計で約10日間これだけの為に費やしてしまいました。リューターのビットは通常の丸型以外に筆型など数種類を使い分けています。

以下次号に続きます。


更新日 令和2年11月20日

EF80 1次形 細密化加工

カトー製品のひさし無しを手すりパーツの別パーツ化を軸にして細密化加工しています。
近年の機関車製品は別パーツ化が進んでおりこれ以上は無くても良いと思われる方もおられます。
この車輌はその部分からもう一歩踏み込んで良い見栄えのする一つの考え方です。

まず完成した車輛ですが一見して何も変化が無い様に見えますが、
前面窓下と乗務員扉の手すりを別パーツ化と屋根上機器の色差しを主な変更点として加工しています。
この車輛も調色をして部分塗りとしており全体の塗装は行っていません。
この手の改造加工は塗料の調色が大きいウエイトを占めていると思います。

手すりパーツはエッチング製品で無く、洋白線の0.2ミリ線を曲げて加工した物で
前面から側面にかけての曲面は手少しずつ曲げて取り付けています。
屋根上の機器も単純に白の色差しでは無く少しだけグレーを混ぜて調色して碍子の上はねずみ色に塗り分けています。
プラスチックのままの線も銅色に塗装しており線が繋がっていなかった部分も足して有ります。

レイアウト上で撮影していますが、牽引されている車輌は夜行急行を想定して撮影しています。


C57−190 福知山区

福知山区に居た4次形で宮崎区の車輌とはひと味違っています

4次形は新製時に大きく九州へ配置された車輌と東北に配置された車輌が有り、この車輌のみ米子区になっていてその後に和歌山区に転属となっています。
九州配置車は当初に熊本と鹿児島の後に大分に集められた後に宮崎区に移動しています。(九州より外に出ていない)
東北は主に盛岡区から小樽築港に配置となりましたが例外が198号で亀山区に転属になっています。
関西に居た2両は重油タンク+鷹取式集煙装置が取り付けられたので煙突が短くなっているのが特徴です。
(亀山区は関西本線の加太越えで集煙装置がほほ付いていた区で和歌山区の紀勢北線も同じ状況)

まずはどの部分に加工が必要なのかを把握するために必ずスケッチを描き出しておきます。
これが基本的な部分の工作やインレタ類の寸法出しを行って準備段階が始まります。

画像は鉛筆書きで薄くて見にくいのですが大体のディテイール類は記入されています。
(スケッチの片隅に196号の門デフが書かれていて検討していた事を示す)

スケッチに基づいて工作はまずキャブの改造から始まります。

宮崎区の機関車はナンバープレートが斜め前に移動しているので
その部分を埋める加工とタブレットキャッチャーの削除、キャブドア横の手すりの削除を行いました。
まだ細かい加工はされていません。

煙突は短くなっていたので新しく作成してレジンで複製した物を取り付ける予定
和歌山区時代に鷹取式の集煙装置が付いていて回転火紛止めは必ず装着されていました。
煙突は試作品です。(まだ修正の余地が有ります)

テンダー改造と 完成画像

増炭囲いの部分はウエイトも出っ張りが有るのでカットした上でテンダーの中に接着してあまり軽くならないようにします。
(こちらの方が集電率が高いため)
石炭のモールドをカットしてプラ板をテンダーに収まる様にカットして接着後に塗装、さいごの仕上げに石炭を搭載します。
なお手すりパーツは部分塗装でテンダー本体は塗装のし直しをしていません。

キャブ部分も手すりパーツを自作して植え込み、そのまま塗装工程に入ります。ちゃんと塗装としたのはボディでぱみのキャブ周りだけです。
(パーツである煙突と重油タンクは塗装しています)

完成画像


D51−499 後藤デフ 福知山区・奈良区

カトー製品加工 特製品 平成22年作品

今回で蒸気機関車の製作6作目となります。
現行品D51は製品がいよいよ世代交代となる予定のため最終となりそうです。
そこでいままで挑戦出来ていなかった499号機後藤デフをテーマとして選定しました。
この機関車は私自身に取っても4歳の頃のSLの旅運転(大阪〜丹後山田・加悦鉄道)の時に大阪駅〜京都駅牽引機で
記念撮影でこの機関車をバックにして写真を撮っています。京都〜綾部がこの機関車で宮津線が9600牽引でした。
(その時の記念乗車券や入場券は大切に保存しています。京都では交換作業中に汽笛を鳴らさせて貰いました)
製品としてクリアーしなければいけないのはキャブ前面の長いヒサシ(福知山・鳥取方面の特有装備)とデフの強度確保です。
今回はやえもんデザインのロストワックスパーツを多用しておりコスト面では相当厳しいものですが思い入れのある車輌なので
かなり割り切って製作しています。(D51の種車代よりも付加するパーツ代の方が高い)
福知山時代はまだ標準マーク(通称GTマーク)が付いていた時代の冬装備で昭和37〜8年頃まで
奈良区は加太越え等の関西線で働いていた最終末期の姿にしています。
前作のC11と同じく前部連結器はカトーナックルカプラー装備にして連結可能となっています。

試作機の加工状況と完成画像

試作車は自分の手持ちの機関車を使っているのでまだ黒染め車輪以前の製品を使っています。

試作品の完成画像

一部の部分を除いては製品とほぼ同じ仕様です。
(製品は最新ロットの黒染め車輪です。)

前部ナックルカプラー装備でKDカプラー車を牽引可能となっています。(連結水平面も同一です)

製作内容(画像は試作製作品です)
基本的にカトー製D51標準型にやえもんデザインのロスト製パーツと銀河製パーツを主に使ってディティールアップ加工しています。

試作品で加減弁テコ・HR・空気分配弁廻りがロストパーツですがこれは汎用品に変更して加減弁テコは無加工とします。
空気分配弁廻りのパイピング加工は未施工としています。(分配弁そのものは取り付けしています。)
先台車の車輪はプレート車輪が正解ですが、これもパーツ未入手なので種車のままとします。
(気になる方はワールド工芸で昔出ていた物と交換されればと思います)

キャブ部分は福知山時代は大型のバタフライスクリーンが運転士側のみ付いていますが(簡易加工となりました)
奈良時代はすでに撤去されている
ので奈良区仕様は付きません。
関西地区特有のタブレットキャツチャーは窓下に装備して実車同様にナンバープレートを下げて付けます。
それに付随する形で所属札入れと点検蓋の位置も下げます。(運転席側は速度検出器・助士側は二子三方水管)

テンダー部分は電路パイプも削り落としの上で再モールド、テンダーライトは台の上にボルト固定しているタイプなので
台を作成の上でライトパーツを接着します。炭庫後部の補強材もT型鋼を再現しています。(試作品は棒材加工で異なります)

各パーツはデフレクターは以前からストックしていたレボリューションファクトリー製のGTマーク付きと無しの物の2種類を使用して
奈良機関区時代(加太越え)はGTマーク無し・スノープラウ無しとなります。キャブ前方ヒサシは真鍮の自作品です。
前部の連結器はネジ止めされたナックルカプラーで連結可能です。(首振りはしますが復元バネは無いので戻りません)
キャブの側面窓は前方側のみアクリル削り出し窓を作成して取り付けています。

試作品の種車は旧製品の黒染め以前の車輌ですが、特製品は最新ロット品となっています。

塗装は半光沢ですが、従前と同様に光沢塗装の後に少しだけつや消し処理をするやり方で鈍く反射します。

福知山区の装備
奈良区の基礎加工+大型バタフライスクリーン・スノープラウ取り付け・デフにGTマーク

奈良運転所時代の画像(製品版)
(デフ中央のGTマークはこの時代取り外されていて有りません。)
主に奈良−亀山間のいわゆる加太越えが有名です。

キャブ前方ヒサシは真鍮からの自作品で山陰地区の機関車はこの様なヒサシの長い機関車が多かったのです。
梅小路・宮原・福知山の機関区ではナンバープレートを下げてタブレットキャッチャーを窓下に装備した車輌が多いです。

後藤デフのGTマークについて
戦後の昭和20〜24年頃までは国鉄全体が設備・機関車・客車・電車の全てで荒廃が相当進んでいて
特に昭和19年以降製作の車輌については、代用物資での製作等で機関車においてはボイラー爆発事故や低火力の石炭使用
に拠って起きるトンネル内の窒息事故、信号故障に拠る衝突事故、電気車のフラッシュオーバーによる火災焼損が頻発していました。
(弾丸列車用のD52ボイラは気密不良・EF13は銅が不足していたため一部を鉄で代用、軸重不足でコンクリート死重を積む)
そこでこの様な車輌を再整備する際に新しく標準整備仕様を工作局が
策定して各機関区や客車区・電車区に指示をして各区数輌を模範車輌として掲示する事になり機関区毎に色々なマークが有ります。
GTマークもその一つでGT(後藤工場)標準整備車を掲示しているものです。(このマークの中に標の文字が入っています)
同じ様な目的では梅小路・宮原機関区の鳩マーク(特急はとに使う為)や名古屋機関区の色付きナンバープレートが有り
それぞれの機関区の運転士と整備士の意地と誇りで有ったと聞いています。
499はこの特異デフを付けた時に装着されて昭和38年頃までは確認出来ますが以後40年までにはは取り外された様で
溶接で取り付けた物を剥がした跡が最後まで残っていました。
客車にも同じ意味のマークが有り漢字のの様なマークが標準整備車を示すマークで優等車にはかなりの確率で入っています。
電車は編成の先頭に整備電車と掲げた看板を付けている車輌が見かけられます。

SLの旅運転(大阪〜丹後山田・加悦鉄道)について

鉄道ピクトリアル 2008−6月号にこのことが掲載されており、マロネ40・スロ51・オシ17が連結されて7両編成だったそうです。
(編成は覚えていませんが乗ったのはスハ42系だった記憶が有ります。切符を見ると10月25日ですこし寒かったと思います。
丹後山田はホームが足りないので客車のデッキからあの高さを飛び降りました・加悦鉄道は荷物デッキ付きの車輌に乗っています。)
この印象がよほど強かったと思いますが蒸気機関車特製品の1作目はC57−5でした。
これと同じくらいの印象はSLポンパ号でカラーペイントされたC11の画像が頭の中にハッキリ残っています。


EF71 2次型 電気機関車
トミックス製品 平成22年作品

完成品からのディテイールアップ加工です。全体的には雑誌等の機関車のディティールUP加工に準じています。
加工点は手すり加工の他にジャンバー栓とブレーキホース等の取りつけが特に目立っています。
機関車は2次型でナンバープレートが1種類しか無く事実上の固定ナンバーとなっています。

通常の細密化加工ですが、部分塗装で済ませても調色が決まっているために違和感が無いのが特徴です。
従って銀帯や表記類がそのまま生かせるのが利点ですが、調色はかなり難しくなります。
普通ですとゴテゴテ感が出てしまうのですが、なるべくスマートに仕上がる様に心がけています。


C11 41号機 倉吉線 通称デカツバメ
平成21作品

蒸気機関車の製作法はほぼ確立されてきましたので前作と加工内容は大きくは変化しませんが
それなりに深化していると思います。
倉吉線の蒸気さよなら運転でデフに手書きで描かれたツバメマークで有名になりました。(当時は不評)
このツバメマークからデカツバメと呼ばれています。
この線区はターンテーブルが終端駅に無かったのでバック運転が普通に見られ貨物との併結も多く
ミキスト状態が多かったと思います。客車はオハフ61+貨車数両といった感じで模型でも再現可能な様に
前部連結器は新ナックルカプラーを取りつけています。(スカートとの干渉はしないが復元出来ない)
実車は前照灯がLP405のシールドビームですが、点灯優先の為敢えてこの部分は未加工としています。
(やって出来ない加工では有りませんが高価になってしまうのでコスト的に中止)
この機関車の為にスノープラウとサイドタンク揺れ止めを製作しました。

試作機の加工状況と完成画像

試作機は一部に年代相違が有るようなので販売品は修正されています。
一部の取りつけパーツにも装備法の変更をしています。

米子区仕様の完成状態画像

簡易ですが、2次形の特徴の前位タンクの小さい点寒冷地仕様やバック運転を考慮したテールライト等米子区の特徴が出ています。
ツバメマークはインレタにて作成・画像では白に見えますが実際はグレーです。(倉吉線は未貼付で添付しています)
ちなみにスノープラウは前部が開くタイプですが模型表現上難しいため取りつけ位置を少し後退させて連結可能としました。

志布志機関区仕様の画像

志布志機関区仕様は前後部のスノープラウと旋回窓を撤去して空気圧縮機の後にオイルポンプ箱が追加されて
前面のテールライトは撤去されて、タンク後面に増設されています。(前面は常用では無いのでその都度取りつけた模様)
ツバメマークはそのまま残されて使用したため添付状態での出荷となります。主連棒等のロッドは赤色が入れられています。
日南線での主に貨物牽引で志布志までが通常ですが、一部鹿屋までの運用が有ります。(この場合の帰りはバック運転)


C55 53 筑豊時代
平成20年作品

前回の工作方式を踏襲しながら部分的にベースアップしました。
筑豊時代は以前の宮崎区にいたときのテンダー振り替えをしたままの状態で、前部への暖房管は撤去されていますが
その他の特徴はほぼそのままとなっています。
この機関車の速度検出装置は従台車では無く第三動輪へ伸びておりコンプレッサー横に長いステーが有ります。
増炭囲いは銀河製品では形状が異なっていますのでプラ板のスクラッチ工作です。

増炭囲い付近のテンダー拡大画像 テンダー手すりとハンドブレーキホイールが追加されているのが見えます。
増炭囲いはテンダー側壁の内側に貼り付けるタイプでは無く上の縁に積み上げるタイプです。


C57−1 新津機関区 現役時代
平成20年作品

C57−1は現在山口線で走行していますが、現役時代は新津機関区所属で主に磐越西線で働き転覆事故で廃車寸前まで行きながら
見事に復活しました。模型は復活後の姿を表現しています。但し種車の関係上先台車輪は替えていません。(当初ディスク転輪)
逆止弁はボイラー交換の時にドーム前からランボード上に置きかわっています。
模型はカトー製品加工で180号機とキャブレターを交換したボディを使用しています。
新津機関区の多くの機関車に装備されていた大型のドーム前ランボードステーは真鍮線自作しています。

キャブレターの延長屋根は3次形180号機と交換・旋回窓を貼り付け装備、窓ガラスはアクリル製はめ込み窓

ナンバープレートは今回自作しました。テンダーのナンバープレートのみメーカーオリジナルを付けています。


C57−186 3次形 宮崎機関区
平成20年作品

カトー製品加工で180号機を標準型キャブレターと交換して基本形態に直してから加工しています。(テンダーも交換)
上記のC57−1とセットで製作しないとボディパーツの無駄が多いのでついで的に製作しましたが、実はこの機関車が
今回一番手間暇がかかっています
宮崎機関区のC55・C57は客貨両用で使われて延岡までのロングラン急行仕業も有るので蒸気暖房管が前方まで延長装備
されていたのが大きな特徴と言えます。昭和30年後半〜50年頃は各地の余剰機関車が集まって来ましたので前の所属の
特徴を有る程度残しながら宮崎装備をしている姿となっています。186号機も前所属は新津機関区で
1号機と同じ大型のドームランボードステー装備でテンダーも凍結防止フロー管が付いています。
前方のテールライトは新津機関区時代には未装備だったため前梁取り付けでは無くボードのポールに取り付けた形になっています。
テンダーは増炭囲いを自作しています。
186号機はこの後宮崎機関区から北海道に渡って岩見沢機関区で廃車となりました。

テンダーの台車は3次形の為板台枠、製品に付いていた重油タンクつきテンダーは交換しています。
増炭囲いもC55と同じ方式の増設法です。

186号機は加工量・使用パーツ共に一番コストと手間がかかっています。


C57 5 梅小路機関区
平成19年作品

カトー製品ベースでディティールの足りない部分を補う様な感じでアップグレードを図っています。
特に手摺り関係と足りない配管や機械装置を中心に加工しています。
こちらは前面ナンバープレートを形式付きプレートを表現でテンダーも内容的に下のD51とじ内容の加工です。
デフレクターは交換では無く点検窓を埋めて加工してありますので強度に関して心配は無いと思います。
区名表示(梅)が入っての完成で昭和42年頃の福知山から帰ってきた時の夏状態(スノープラウ無し)です。

この画像の機関車は特製品にプラス加工されておりますが基本は同じです。(画像は旧車・製品は黒染めの現行品を加工)
+加工は給水管廻り・発電機廻りエアータンク、給水温め機の色差し・汽笛はロスト製
テンダー台車エンドビーム追加・エンジンとテンダーとのドローパー短縮加工になっています。

エンジン基本加工部分
デフレクター点検窓埋め・解放テコ交換・誘導員にぎり棒・ブレーキホース・ナンバープレート・逆止弁・標識灯
清缶剤送入装置・二子三方コック・SG配管・キャブはめ込み窓・雨樋・区名札・空気分配弁・炭庫散水管・
製造銘板・CP、給水ポンプ色差し・ランボード色差し・火室部色差し

機関士側はあまり大きく変化していません。助士側の方が発電機廻りの加工や二子三方コック取り付けや給水管配管+暖房蒸気管
の追加加工等工作はこちら側に偏寄してます。キャブ屋根の上に付いているのは散水管です。
この画像の機関車はドローパーの短縮加工をして間隔を狭めています。

塗装前の全体画像、この方が取りつけた物がどれかの把握はし易いと思います。

テンダーはD51とほぼ同じ加工で取りつけているパーツが若干変わっているだけです。

テンダー基本加工部分
標識灯・解放テコ・テンダーライト・昇段ハシゴ・誘導員手摺り・SGホース・SG配管・ATS車上子+配管
テンダー前部ステップ・テンダー前部手摺り・手ブレーキハンドル


D51 1 梅小路保存機
平成19年作品

カトー製品ベースでディティールの足りない部分を補う様な感じでアップグレードを図っています。
特に手摺り関係と足りない配管や機械装置を中心に加工しています。
ナンバープレートは通常の位置よりも低い位置に有るのでプレートの凹み部分は埋めてあります。
区名表示(梅)が入った状態です 。
缶胴手摺り・空気作用管・発電機廻り配管等は取り扱いとコスト面を考えてそのままにしています。

エンジン部分の加工と取り付けパーツは次の通り
解放テコ・ブレーキホース・標識灯・前照灯LP403+シールドビーム・煙室手摺り
逆止弁・汽笛・清管剤注入装置・キャブ雨樋・炭庫散水機・作用管は塗装・ナンバープレート・区名表記(梅)

テンダー部分の加工と取り付けパーツ
はATS配管+車上子・SG配管+SGホース・ステップ・手摺り・標識灯・前照灯(耐寒型)
手ブレーキハンドル・解放テコを取り付け加工しました。


EF210−100番代 109〜 シングルアームパンタ装備車
平成19年作品

カトー製品加工車で109番以降のシングルアームパンタ装備車を再現しています。
シングルアームはカトーのアッセンブリーパーツを使用、その他は前面の手摺りや解放テコ・ブレーキホース(トミックス)
で軽めの加工です。車番はエッチングパーツを高さ調整と前面部分は曲面加工してなるべくツライチになるようにしています。
車体はATS車上子を取りつけただけですが非常に効果が有ります。


EF58 60・61号機 お召し仕様 スーパーディティールアップ タメ色塗装
平成17年作品

カトー製品EF58 お召し・お召し予備の加工ですが今回出来る限りのディティールアップを施しました。
一見しただけでは単に下廻りを塗ったくらいにしか思えませんが屋根廻りからほぼ全ての手摺り類、フックは
削り落としてからエッチングパーツか自作の真鍮線パーツを作って植え込み直しをしており、
穴を開けるだけで優に100カ所以上、取り付けパーツも数十点を超えています。
下廻りの塗装は単に銀を色差ししたものでなく、銀に全部塗装後に黒のツヤ有りを筆塗装にしています。

ボディと屋根廻りの加工
ヘッドライトは金のテープ貼り、銀河の汽笛・高圧回路パーツ取り付け、
取っ手・フック類の別パーツ化、避雷器配線の追加、屋根昇段ハシゴ・乗務員室手摺り等の別パーツ化が見えます。
下廻りは銀塗装の後に黒を筆塗りしているので銀色の均質感が出ています。車体表記はインレタを作成貼付しています。


EF60−19 やすらぎ塗装 軽加工
平成17年作品

高崎運転所のやすらぎ塗装機を軽加工を加えたものです。
製品は以前にラウンドハウス名義で出ていたもので実機通りに2灯化(いわゆるブタ鼻)+レンズも2灯化して
明るく点灯出来る様にしています。当然ライトレンズは全て削りだしの自作となりました。
その他の所にも色差しを加えて全体をグレードアップさせています。

ついでの記念撮影


EF58 青大将 小窓機
平成16年作品

未塗装で発売されていた初期小窓機を塗装、さらに極初期に施されていた下廻りを濃緑塗装としています。

ナンバープレートは未取り付けです。画像では見づらいですが下回りは濃緑塗装となっています。

価格=18900円


EF58−45号機 特定番仕様
平成16年作品

鋳鋼製先台車を最後まで装備していた宮原区所属の45号機の一般色と青大将塗装の2種類を製作しました。
青大将塗装は上越から移ってきてからまもなくの姿を、
一般色はエアーフィルターと前面小窓改造をされていない時の昭和40年代の姿を再現しています。
ライトケースは250W化の際に段差の付いた表現になっています。避雷器はどちらもLA12丸形


EF64−35・66号機 ユーロライナー塗装
12系ユーロライナー再塗装・14系ユーロピア塗り替え

平成14年作品

EF64−35・66号機の制作に併せて同じ色調とするため12・14系ユートピア塗装も制作しました。
車体色はなるべく実車に近い発色を出すため特別な調色をしています。