客車の製作品

最初に特製品の製作をしたのはこのカテゴリーで平成11年頃だったと思います。
一番最初はオハ24−300 レガートでサロ481からの改造車です。
オシ16 青15号でレジンで内装板を製作、塗装した物を入れていました。
途中はオーダー製作からの発展で製作した物が有り製作輛数も多い物が有ります。
途中から特製品の製作は無くなりましたが(この間はオーダーの製作)ジョーシンスーパーキッズランドへの供給で
客車製品と機関車製品が復活して現在に至っています。
なお平成30年で特製品製作20周年を迎えます。

客車の等級帯の表示について

現在と違い戦前は客車には等級帯が必ず塗装されていました。
1等車 白3号・2等車 青?号・3等車 赤1号


戦後はしばらくはこの状態が続きますが、昭和25年頃から更新修繕を受けた車輌から3等車の赤帯は消去されて2等車は浅黄色に色調変更します。
3等車の帯は消されましたが等級表示は残っていて当時の新造車スハ44系はこの状態で出場しています。
1等車は連合軍専用車が白帯となったので(太い白帯に車輌固有名等)、クリーム1号に色調変化させています。
(終戦後に1等車は殆どが連合軍に接収されて国鉄が持っている1等車はほぼ無かったし車輌が荒廃しており営業用として使用していない)
戦後初となる特急 平和 も当初は展望車と食堂車の連結が無かった。(並ロと普通車だけ、その後に食堂車と展望車)
(優等車輌はほぼ接収中で出来なかった・最初の返還は昭和25年はじめからで半年くらいかけて復旧工事をして順次組み込んでいきます)
なお連合軍用としては昭和40年中頃まで返還されない車輌も存在します。
1等車・食堂車の優等車輌は連合軍専用列車に多数組み込まれていましたので本線上では走行はしていました。

昭和30年に1等車の廃止に拠って白帯を青帯に塗り替えを行いますが、これもただちにしたわけでなく順次塗り替えをするというもので
2年程度は白帯が存在しています。この時点でマイネ→マロネ等に変更されています。
(2等寝台区分A・B・Cの時代でAは個室、Bは冷房付き等、Cは冷房なし旧2等車)
昭和32年にブドウ2号が出来てこれに塗り変わった物が青帯になっていったと類推出来ます。
(従ってブドウ1号の青帯車とブドウ2号の青帯車が混在していた時期はそれなりに有ると言う事)
Aはマロネ40・マロネ58・マロネ38の個室とその後登場の20系ナロネ20の個室と限られている
Bはマロネ40・58・解放室かマロネ41・ナロネ21やオロネ10も登場時はこの区分
スハ44系と展望車の大部分の特急車輛は青大将色に移行しているのでこの時には等級表示が無い
青大将色が終了してからブドウ2号+青帯になった車輛が一部有ります。(マイ38→マロ38・マイテ49→マロテ49)

昭和35に2等車→1等車・3等車→2等車として整理して旧2等車の帯色が黄緑7号に再び塗り替えをします。
この時は早急に塗り替えを行ったと思われます。また等級を大きく英数字で客扉の横に書かれています。(これは昭和30年代後期には無い)
緑帯の末期は帯の中の等級表示も消されていきます。(帯の中に有るUの表記は消滅・寝台の表記は寝台からA・B寝台へ)
この時に大きく変わったのは内装の椅子ふとん生地で旧3等の緑色は青色の2等用の物になって国鉄時代はこのままで推移します。
旧2等車は1等用のエンジ色もしくは赤系統の色になっています。

昭和44年にモノクラス化で1等車はグリーン車という名称になりグリーンマークがしばらくして書かれるようになります。
昭和48〜50年頃までには等級帯は書かれなくなり消滅しました。

最新更新日 平成28年12月1日

今回の製作品の特徴
今回の製作で一番の変化は青15号を客車用として新しく製作し直した所に有ります。
色調はカトー製スロ62にほぼ近い色調として10系〜35系まで幅広く使える様にしました。
前回作の青15号は大鉄局と福知山局だけが使っていた彩度の高い青15号ですが
これはあまり一般的では無いので今回は標準色として製作しています。

マロネ40 近代化改造 青15号

平成28年作品

戦後初の一等寝台車で有るマイネ40を昭和37年頃に蛍光灯取り付け等を主とする近代化改造工事をして40年頃から青15号に塗装変更になった時の再現です。
昭和32年にも近代化改造工事をしていますが、これは内装を主にした物でこの時はまだブドウ1・2号の時代です。
この車輛は最後に廃車されたのは昭和45年末という息の長いもので主に東海道筋で使われました。
営業用から引退した車輛は工事用宿泊車や試験車輛としての余生を送っています。

両妻面の貫通路には扉が有りませんでした。近代化改造工事に木製扉から軽量アルミ製に扉が変更されていて
連結面ではこれがかなり目立つ為表現対象としました。内装色は薄緑の塗り潰し表現となっています。

冷房装置は最後までKM−7を使っておりかなり安定した動作をしていた様で最後まで換装はされませんでした。
(冬期期間は取り外して整備されてから夏期に稼働させる方法は同じです)
車軸から動力軸で動かすやり方は同じですが、歯車に拠る増速を経て発電機と凝縮器と圧縮機等に伝達されて最後は
同軸に有る送風機で屋根にある空気調和器まで送られる効率の良い物でKM−2・3からの改造も多かったので
戦前からの冷房器システムとしては完成された物になっています。

マロネ40 解説
連合軍(CTS)の要求でマイロネフ38と同じ様な設備を持つ車輌を20輛新造せよという命令が出て
当時は新車の製造は禁止されていたが特例で製造許可が出た(禁止は昭和24年まで)
スロ60も同じ特例だが旧台枠からの改造という名目で作った為新造車でも番号のみ改造の60番代符号
スロ60は接収車輛のオロ35・40では狭すぎるという事でリクライニングシート付きの車輛を要求されたため
本来は両車輛ともCTS使用車としての使用予定だったが朝鮮の雲行きが怪しくなったので中止となった。
製造許可が出る以前に設計と発注は終わっていて製作許可が出た段階では製造中になっています。

設計・製造に取りかかったが途中で中止が発令されたりまた再開等が繰り返されて最終的には
連合軍側が費用負担を行わないという事になった為日本人向けとして戦後に初めて新製された一等寝台車となりました。

昭和22年時点で朝鮮は政情不安定で米第6軍(広島)は朝鮮への移駐になって車輛自体の需要が減った現実があります
その後の昭和24年から接収車輛の返還が始まり、連合軍専用列車の運用も無くなっていきます。
但し一部の車輛は接収されたままで一般急行の中に組み込まれてかなり後年まで使われています。
この例としては列車番号1000番代の急行がそれで早鞆は先頭3〜4輛が連合軍専用指定でした。

昭和23年製作輛数は全部で21輛で35系の半折り妻車で屋根のみを車輌限界一杯まで深くしたので印象として35系とは思えない。
また材料不足で屋根が鋼板屋根だが薄い材料と工作不慣れの為、当初はかなりデコボコになっている。
この深屋根構造は次の20・24系の製作に引き継がれています。

(当時の鋼板屋根は全てを鋼板仕上げでは無く当時は木製の通常の屋根板の上に防水キャンバスの代用で薄い鋼板を貼った物)

原型は前後に扉が有り定員も24名でしたが、運用すると給仕室が無かったりと不具合が出た為前方の客扉を埋めて
個室の1区画を潰して給仕室と喫煙室に改造してやっと基本形が出来上がります。
冷房は最初から取り付けでKM4を搭載しています。ある程度の時間を経てKM7へ交換しています。
20系の夜行専用の寝台車編成が出来るまでは国鉄の優等車の主力でした。
20系がある程度揃ってきた所で見劣りがする為、近代化改造を受けて最後の車輌が引退したのは昭和45年と長い車歴をもっている。

マロネ41 21・22 近代化改造 青15号

平成28年作品

こちらも戦後の一等寝台車のマイネ41で昭和39年に大船と幡生で二重窓部分を複層固定窓に変更された21番代区分の6輛の内の2タイプです。
21は妻面に雨樋があるタイプで22は車体側面に雨樋が有り21はイレギュラー的な形態です。側面の誘導員手すりの付け方も異なります。
固定窓化されてから青15号に塗り替えとなりました。(青15号になってからは当初緑帯が有りましたが後に消されています・A寝台の表記に変更)
21と22は連番で連結されて使用されていた様で配置・最終の廃車日付も同一です。
なお小倉工場受け持ちの車輛は固定窓にならず二重窓のままで最後まで使用されています。

マロネ41 21

Hゴム固定窓のディティールと車体側板に雨樋縦管が無く妻面に雨樋が付いている21の特徴とTR40D空気バネ台車の拡大画像

マロネ41 22

床下機器の配置
マロネ41は近代化改造時に冷房器をCU−1+ディーゼル発電機式に変更されています。
後位側には車軸発電機が2基搭載されています。

マロネ41 22の特徴
誘導員手すりの付け方が縦付けになり雨樋縦管が側板に付いている。

マロネ41 解

この車輌も連合軍(CTS)の要求で作られた車輌ですが当初は2等車として計画されていましたが最終的にマロネ40の開放室版
という形になりマイネ41として昭和24年に12輛完成しました。(後に1輛が事故で廃車)
同じ35系ですが切妻車になっていて43系車に誤解されそうですが台枠形状がマロネ40の方扉版なので系列としては35系に入ります。
(35系の最後にオハ42という切妻車が有ります・また43系から35系へ形式変更になったりして多少のややこしさは有ります)
最初の台車はTR40Bでで空気バネのDになったのは近代化改造工事で変更となる。

こちらの冷房装置は2種類有り東洋電機の物はKM式に改良を加えた形状なのに対して、三菱電機の物が後のAU21の構造から
空気調和器を除いた形状になっています。どちらも発電機で動かしているという点では共通で
三菱電機の物は初期の段階に置いては初期故障の続発で改造をされて安定するようになりました。(形式はCAC11形)
こちらも戦後の夜行列車の主力として昭和37年頃から内装を中心とした近代化改造工事を受けています。
発電機はこの時にディーゼル発電機に変わっています。冷房装置もCU1に置き換わっています。
(小倉工場整備車5輛は施工後もしばらくは茶色のままで緑帯付き、次の検査の時に塗り替えられたと思います)
マロネ41の近代化改造工事
最初に施工されたのは小倉工場で4と5の2輛でこれは昭和37年後期に竣工しています。
21番代区分の6輛は幡生工場と大船工場で施工されて昭和39年年11月頃で
近代化工事施工車で昭和43年までに廃車対象になっていない物は青15号に塗り替えるという
正式な取り決め通知が出たのは同じく昭和39年10月
なのでほぼこの事例に合致しているとおもいます。


さらにその内の6輛が2重窓構造から複層ガラスの固定窓になって青15号に塗り替えられて最後のご奉公をしています。
(最初から青15号になったのはこの6輛のみで最初は緑帯付き、後半は消される・寝台表記だけが残る)
それ以外の車輌は工事用の宿泊車になったり試験車輌として使われたりでかなり後にまで残っています。
(碓井鉄道博物館の車輌のこの内の1輛だったと思います)
旧型の客車で青15号に塗り替えられた車輌は基本的に近代化改造工事を昭和43年までに受けた物ですが
この工事をしていてもブドウ2号の塗色のままの車輌は少なからず有ります。
2等車(緑帯車)はこの典型例が多くスロ53・スロ60・オロ40・オロ35等がこれに当たります。
スハ44とスハフ43−11〜の一部はブドウ2号のままで団体用として当初使用された後(信州観光号)
名古屋局では急行みずほの末尾に使われたりしており窓枠も茶色に塗られた物が有ります。
(昭和50年代になると窓枠の外側はアルミ製で窓枠はFRP製の軽量窓になっています)
複層化ガラスを装備した車輌として有名なものは他にマシ35とオロハネ10のロネ部分が有ります。

マロネ40の内装の原型(マロネ41と共通)
寝台使用時の仕切り板を設置していない状態で製作しています。
マロネ40区分室の座席も上段部分を畳んだ状態での再現です。


スハフ43−11〜近代化改造 青15号

平成28年作品

これは以前に作成したアイテムですが、昭和40年頃の夜行急行を再現するにあたりどうしても必要な形式なので、
カトーの新しいスハ44を使ってもう一度製作しました。改造要項は前回とほぼ同様ですがテールライトの点灯加工をしています。
塗装方式は窓枠を1枚ずつ手塗りする事を辞めてブラシで塗装した物に窓柱を部分塗装するという方式に変更しています。
前回作では見送りとなっていたテールライト点灯回路と車掌室と仕切り扉の表現を行っています。(貫通扉の装備は無かったので)

後位の妻板は手すり加工をしています。

テールライトは点灯加工をしてライトケースは貫通扉の無いタイプなので客室仕切り板を表現しました。

スハフ43−11〜近代化改造 ブドウ2号

平成28年作品

こちらは改造直後のブドウ2号塗装時代で昭和35年から昭和40年頃までこの塗装で連結されています。
当初名古屋局で使用された急行みずほに連結されていた後に向日町と品川区に多くが再配置されて高松区にも2輛有りました。
当初配置は竹下・鳥栖・宮原・名古屋・品川で11〜24の14輛が改造されています。


この車輛は現時点で製作中です。


スハ44近代化改造 青15号

平成28年作品

こちらはカトーの旧製品(つばめ・マイテ49−2が入っていた最後の製品)を使用した物で塗装は上記スハフ43と同一で製作しています。



スロ60近代化改造 ブドウ2号

平成28年作品

この車輛も上記の旧製品利用で最後に残っていた車輛を使っています。
スロ60は近代化改造はしたものの冷房化対象にならず昭和45年頃までに全て廃車・改造されて消滅していますが
地方の並ロ(オロ35・36・40)の置き換え車として各地で見られています。
マロネロ38製作の時に急行日本海時代の連結相手としてスロ60が入っています。(スロ60かスロ51のどちらかが入っている)

客車クーラーの歴史と形式

KMクーラー(1〜7)
戦前に川崎造船が製作した物と荏原式の2種類が有ります。アメリカの物を参考にして完成させた様です。
当初に付けられたのは展望車ですが食堂車マシ38にも取り付けられていました。(夏期期間中のみ)
これがKM−1と呼ばれています。(結果川崎製が標準になっています)
戦後連合軍が取り付ける様に要求して戦後に車軸を長くして台車振動を減らして改良したものが製作されて
これがKM−2と呼ばれる物になります。KM−3は発電機能と圧縮機の能力を上げた改良型で
凝縮器の裏面と発電機の励磁機が違うので見分けはそこで行われますが、もう一つは塩水で蓄熱させて
長時間の停車で冷風を維持するようにもなっています。但し30分以上は無理だった様です。
KM−4はこの蓄熱機能を別の薬品に変えてタンク(ブレインタンク)を大型化した物で基本は同じです。
KM−4は取り扱いの難があり、あまり製作数が多くありません。
(ブラインタンクは薬品の貯蔵だけで無く薬品の冷却機能も有るので約1tの重さが有る・
マイネ40のみ標準装備で近代化改造時にKM−7へ改造される)

KM−5は試作で実用化まではされず6は少数に搭載、7と8は2〜3の改良品で一見では判別が難しくなっています。
(車軸動力の取り出しがベルト直接駆動式から増速歯車式に変更されています。圧縮機と発電機が高速回転型になり能力がアップ)
圧縮機はDMH17エンジンに付いているC−600系を搭載しています。それ以前はC−400系
このクーラーは5月〜10月まで搭載され冬季は全部のパーツを取り外して補修するという事になっていました。
KM2〜3は内部パーツにも有る程度の互換性が有り圧縮機のみ増強されたりとかの混同型も多少見られます。
電圧は電池への供給も同じ経路でされた為24V駆動と低圧作動となっています。
(凝縮器のみが電気作動で送風と空気圧縮は車軸からの回転で取っています)

CAC11形クーラー
良く似た形式としてマイネ41に搭載された東洋キャリアーが製作した物は凝縮器はKM式とほぼ同じで外観も
ハッキリとした違いが少なく発電機からの電気で電動機を回転させて停車時でも運転出来る利点は有りますが
こちらも30分以上の停車では温度維持に難が有ったようです。(3l輛のみの取り付け)
マイネ41はもう一つ三菱製のCAC11形クーラーが有り20系のAU21形から空気調和機を抜いた物に近くどちらかと言えば
こちらの方が原型という事が出来ると思います。こちらも車軸から発電する方法ですが
東洋キャリアーは最初からベルト駆動+歯車増速で三菱が最初歯車増速直接駆動からベルト+歯車増速に改造されて安定しました。
近代化改造で車軸からディーゼル発電機へ電気の供給方法が変更されて
クーラーはCU−1となり(これはAU−31の空気調和器が無いタイプ)
CAC11形クーラーはマイネ41のみ搭載されていました。所謂冷房器過渡期時代の産物です。
CAE81クーラー
オシ17のみに採用された形式でディーゼル発電機と空調機を一体のフレームに固定してユニット化を計った物
あまりにも重量が大きいので標準形式とはならなかったのですが、空調器としては集中式クーラーの先駆となっています。
AU21・31クーラー
20系寝台車に搭載された集中型のクーラーで電源が個別では無くなった初めての形式で以後の標準機として
31クーラーは21に個別電源で対応出来る様に変更した形式で基本は同じです。(使用電圧は違います)
この時に電源車電圧が440Vに統一されてしまい混結が出来ないという事になりました。
AU31クーラーの試験装備をしたのがマロ55(スロ54から改造)で
こちらも重量オーバーと改造手間の多さから正式採用とならず、
すでに屋根装備個別搭載のAU−12が出来ていたので鋼板屋根に付け替えて冷房化を達成しています。
ディーゼル発電機もこの時代の産物で最初3PKでも十分でしたが後に4VKへ容量アップをしています。
AU−12・13クーラー
大元は151系こだまに開発されたのが最初で大キノコクーラーは空気取り入れも兼ねた空調器として登場
この空気取り入れを省略して圧縮機を小型の物に変更したのが六角形のAU−12クーラーで
一部の部品を民生品パーツ使用に拠ってコスト圧縮を図っています。
AU−13クーラーは12の増強型と考えて良いと思います。但し重量はかなり重くなり一部の車輛は補強が必要になりました。
またディーゼル発電機も12・14系では大型化しなければ対応出来ない様になっていきます。
AU−14クーラー
10系寝台車の冷房化の為に作られた形式で扇風機の搭載した部分に出来るだけ同じくらいの寸法で
取り付けられる事が出来るかという事で開発して少しだけ扇風機よりも室内に出る寸法が出る程度で
作られてオロハネ10の最初のA寝台に付けられた冷房器はこれを2台連結して送風機を付加したタイプで基本はこの系列です。

マシ29−100番代 青15号塗装

平成27年作品

昭和42年に近代化改装として天井灯具を蛍光灯に換え内装を薄緑の塗り潰しにした109・110号がこれに核当します。
この車輌以外には201号がありますが今回は109号として製作しています。
今回の製作に当たりKMクーラーを新規製作しました。(今回はKM−3で当時の歯車式の7では無い)

KMクーラーの駆動部分も再現しています。 

内装色は薄緑になっています。


スハフ43 1〜3 かもめ時代

平成27年作品

特急かもめが出来た当初の編成を考慮して製作したため初期の原型状になっています。
こちらも前作マシ49とスロ54に44系で初期編成が出来ます。無論牽引機はC59で姫路二区の機関車にしたいところ
テールライトは点灯いたします。

かもめ時代は約2年あまりで次は臨時特急さくらに使われます。(形態はほぼ同じで所属も門タケのまま)


マロネロ38 急行日本海

平成27年作品

宮原区所属の3輛の内15と17を製品化したもので今回は材料の関係から1輛だけの製作です。
もう1輛は製作エラーが出て製品とはならずです。
元北海道からの転属車で、特急化されるまで大体がこの車輌を使用していました。
スハシ38とこのマロネロ38とオロ35(スロ43)が急行時代に入っていてこれに座席車と荷物車を併結すれば緑帯当時の編成を再現出来ます。

内装は半室が寝台で座席は並ロの固定標準タイプでシナベニヤ透明ニス塗りの伝統時な塗装


手持ちで編成を組んでみました。牽引はEF58辺りで荷物車の後に特ロ・並ロ・マロネロ・スハシ・スハの順です。


スハネ30・スハネフ30

平成27年作品

ナハネ10・11の不足分を穴埋めする形で戦前の3等寝台車で有ったスハ34を再改造・近代化改装をして10系に対してあまり見劣りが無いようにして
110輛という結構な輛数を誇りナハネ10系が冷房化改造されている間に東海道・山陽線で主力として使われていました。
その後は各地に分散配置となって夜行急行に昭和48年頃まで見かけることが出来ました。
スハネフ30はスハネ30からの暖急車改造で2輛のみの改造です。スハネフはナハネフ等が不足していたのでかなり遅くなってからの改造です。

貫通扉はダヴァサ製を使用・ベンチレーターは半ガラベンのみがGMの物です。


スハネ30とスハネフ30は製品的にテールライト有無のみです。
スハネフ30のテールライトは点灯しません。


マロネフ29−100番代 緑帯時代

平成27年作品

前回にもう1輛だけ余分に車体製作していた物(試作品)を製品化したものです。
基本部分は変わりません。前作がすぐに完売となってしまったのでマロネロ38の製作が少ない分こちらに振り向けました。
ぶどう2号・緑帯塗装

マシ49 1〜3 再制作改良品

平成27年作品

マシ29−100番代と床板製作をほぼ共通として内部塗装をえび茶色にした改良品で4年ぶりの再出力です。
この4年間で進化したものを全部投入してグレードアップを図っています。


マシ49の床板は一番奥に写っている物でマシ29−100とほぼ同じでえび茶色の内装色です。


スロ43 (オロ35の近代化改造車)緑帯時代

平成26年作品

タヴァサ製キットにカトー製の下廻りを組み合わせた物です。台車は今回TR23E(コロ軸改造)になっています。
戦前はこの車輌が2等車の標準車輌として使用されていて両数もかなりの数になっています。
これを近代化して、アルミサッシを入れて出入り口扉は木製→鋼板プレスドア、内装は塗りつぶして明るくなっています。
一部の車輌は転換座席や2等車用ボックスシートにした物もありますがごく一部にしか付いていません。
改番されずに改造を受けた車輌も有ります。また台車をマロ55と交換した車輌も存在します。
模型的にはごく一般的な内容構成で、内装付きとなっています。アルミサッシ表現とぶどう2号塗装・緑帯時代の再現です。

内装付きなので仕切り板は扉を付けてえび茶色の塗り潰し表現をしています。
近代化改装で座席も取り替えが行われており、資料に拠るとスロ42(オロ40のジュラルミン車の更新車体)
とほぼ同じ物が付けられて、床板のリノリウムも灰色の物に塗り替えが行われています。

近代化改造に近い改造更新を受けて、改番しなかった車輌でオロ35 51が有ります。(後スロ43 2051)
大きく違う点は座席が向かい合わせのボックスシート(オロ40とほぼ同じ)に変えられていました。


マロネ29−100番代 緑帯時代

平成26年作品

こちらもタヴァサ製キットですが、床板をプラ板自作とてまた新しくこの車両用にボルスターを新規製作しています。
20形固定寝台車が出るまではこの車輌が2等寝台車の主力として使われています。
(それ以外は新製43形スロネ30でオロネ10は20形の出現後)
20形出現後は序々に急行・臨時・団体用として使用されています。廃車は遅く昭和30年代後半からにになっています。
ブルートレインが出る一つ前の時代の寝台列車を表現するために欠かせない車輌です。
このマロネ29からの改造からマロネ38・39が出来ています。

内装一体になった床板です。
喫煙席と給仕室がある方が前位で逆向きに撮影しています。
表現色は旧2等車の標準で有るシナベニヤ+クリアーニス塗りの表現で内装部分はデッキ部を除いてこの状態を保っていました。
昭和30年代後半の車輌ではデッキ部のみえび茶色の塗り潰し塗装がなされているみたいです。


マロネフ29−110番代
(111・112 特定番製作)

平成26年作品

こちらもタヴァサ製キットですが、床板をプラ板自作とてまた新しくこの車両用にボルスターを新規製作しています。(上記作品と同じ)
マロネフ29は暖急車としては3両しか無かったため、(戦災で1輌焼失・戦後は2輌体制)集中運用されていた時はそれほどの不足は感じなかったものの、
主力配置から臨時列車主体になると今まで普通に連結していた相手(マロネ40・41やスロ50〜54の特ロ等)の暖急・車掌設備を持っている
との運用が少なくなってマロネ29−100番代から2両のみ改造された珍車に入る車輌です。
改造昭和38年に行われて寝台設備の1ブロックを車掌室と喫煙室(2人)で手ブレーキはデッキの妻板部分に応急的に付けられていて
この部分が張り出しているのが特徴です。111と112は少しだけ違いがありますので特定番製作となっています。
改造車輌には良く有る事ですが、方向転換されているので床下機器が通常と異なっています。

29−111

車体上の違いは後部の客扉が10系客車と同じ中桟付きの物になっています。
後部の貫通扉は最後まで付きませんでした。

29−112

こちらは後部客扉が中桟の無い1枚ガラスタイプで昇降可能のもの
基本的な部分は共通で高砂工場で改造されています。

スロ43・マロネ29・マロネフ29−110番代 製作中の画像

マロネ29−100の床板(内装一体製作)と座席塗装の状態(マロネ・スロ43同時着色)
GM青20号を少し粗い目に吹いてややつや消し感を出しています。

マロネフ29内部塗装と外回りのぶどう2号塗装

スロ43−2000の内部塗装
えび茶の塗り潰し塗装を表現しています。

マロネ29とマロネフ29について

マロネ・マロネフ29はダブルルーフが0番代シングルルーフが100番代
0番代車は32系初期のグループになり下廻りの台枠構造が異なっています。
この番代は戦争中に普通車改造されてマハ29等に代わり戦後に復帰する車輌は僅かです。
一部は連合軍に接収されて色々な車輌として使われています。
戦後も寝台車として使われていた車輌は主に接収されたグループです。
ダブルルーフの0番代は昭和30年代には急行運用から外れて廃車もしくは改造用の種車となって消滅していきます。
(このあたりは20メートル級の荷物車となっている場合がかなり多い様です→2軸化されています)
100番代はシングルルーフになったのが大きな変更点ですが、台枠構造も変更されて強化されています。
こちらも戦争中にマハ47として改造されますが、大部分は戦後に復帰工事を受けており、さらに
マロネ38・39(寝台が枕木方向になり4人の個室化、マロネ38は事実上の1・2等合造車)になっています。
寝台券区分は2等級制後は2等Cの料金区分となっていました。
(2等Aが個室寝台で旧1等個室・2等Bがマロネ41等の新型車と旧1等車・旧2等車がCに区分される)
20形寝台車出現後は一線級から臨時・団体と急行運用が主になりますが廃車は昭和40年代始めが多い様です。

マシ38 1〜5・スシ28 151

平成25年作品

イエロートレイン製真鍮コンバージョンキットをベースにした第3弾・今回はマシ38がマイ38用の台車と床板のセット
スシ28−151が旧製品カトーTR73に自作の床板との組み合わせで構成されています。

マシ38
2種類の分けて製作しておりベンチレーター撤去前と撤去後に分けています。
これは1・2・4が改造が遅れたため同時期に有る物と無い物が混在しているためでKMクーラーが変わらなかった為と推測されます。
戦後すぐに連合軍に接収されて、返還はかなり遅く整備して営業に入ったのは昭和26年頃からで、特急さちかぜ・臨時特急さくら に使用後は
急行 安芸 に長く使われて昭和43年廃車となりました。
車軸式の冷房装置KMクーラーは当初KM2でしたがその後にKM7に改められています。(カトー製の床板はKM7)
内装表現は戦後に整備されたえび茶塗り潰しですが、食堂の椅子は見ている限りにおいて(戦前の14年頃の写真)革張りの様なのでブラウンとしました。
試作車は喫煙室仕切にドアを付けて、風洞の表現をしていますが販売品は省略されています。

左マシ38 3(ベンチレーター撤去後・空気調和器点検蓋設置)・右 マシ38 1(ベンチレーター原型)




スシ28 151

平成25年作品

模型的にはこちらの方がはるかに手間の懸かる製作になっています。これはマシ38を作るときに絶対的にしておこうと思っていたのですが、
材料的な限界が有るので極少数の製作となります。台車は旧カトー製のピン台車を簡易的にTR76に見せかけた物を履いています。
工作としては31系の魚腹台枠の表現と試作車輌は台車カプラーの無い物が有るので車体カプラーに端梁表現+アンチクライマー表現を加えています。
(販売品は普通のアーノルトカプラー装備です)

マシ38との車体上の違いは喫煙室の窓が狭窓のまま製作されていて座席は2二人分で手洗い器か有るのが違います。

内装は床板と一体になって組み立てられています。台車は簡易表現のTR76(TR71系)
台枠は31系なので魚腹台枠を再現しています。

スシ28 151 とマシ38
スシ28 151 は31系のダブルルーフ車体で37728が元になっていますが、昭和9年の火災事故で焼失したため
鷹取工場で翌昭和10年6月に車体を新製して復旧させた車輌です。この時にマシ38の試作的要素を含めているために
外観上は魚腹台枠の古い下廻りと新しい車体というアンバランスな物になっていますが、他のスシ37が戦時改造でマハ47となり
殆ど復元されなかったのに比べてこの車輌は車体が新しいという事も有ってか食堂車へ戻っています。
内装は2等車準拠でシナベニヤのクリアーニス塗りは他の28ナンバーの食堂車と同じになっています。
冷房装置は魚腹台枠が邪魔で取り付けがほぼ不可能で付けられませんでした。

マシ38は35系車なので台枠構造も全く違っているのですが、スシ28 151 と食堂部分の寸法はほぼ同一と言って良い位共通
している部分が多く唯一違うのは最初から冷房を搭載しているので屋根裏に空気調和器を装備して4人側座席の仕切の後ろ側に
空調用の風洞を設備しているのでこの部分の天井は低く吹き出し用のグリルが設置されています。
戦前での冷房装備はマイテ49等の展望車くらいで戦前では最優等車輌と位置付けられており、特急 燕 に使われていました。
戦後は連合軍に接収されて昭和25年に返還されて復旧整備をして(この時にマシ49と同様の塗り潰しが行われている)
特急 つばめ・はと の予備車、特急 さくら・さちかぜ に使用された後昭和33年頃から主に急行 安芸 に連結されています。
昭和43年に廃車となりましたが、ほぼ東シナ配置で過ごした車輌のひとつでも有りました。
予備車としての経歴は華麗で国賓待遇の特別列車として使用されることも多く御料車14号等との連結も多く有ります。
災難の多い車輌グループで、5 は戦災廃車・2は火災事故で焼失となっています。

マロネフ59 1・スイロネ37 3

平成24年作品

イエロートレイン製真鍮コンバージョンキットをベースにした第2弾・今回は台車は旧製品カトーTR73に自作の床板との組み合わせ
で構成されています。製作内容は同一でマロネフ59はブドウ2号の青帯車・スイロネ37はブドウ1号に白帯+青帯の構成です。
内装は当時の一等車のチーク材+ブラウンニス仕上げを意識して塗装しています。
マロネフ59は現在交通博物館で一般公開で見る事が出来る戦前製1等車となっています。

スイロネ37 3時代 ブドウ1号塗装

マロネフ59 1 ブドウ2号塗装 青帯

平成24年作品

インレタの文字サイズ変更をして従来の約7割程度の大きさにしています。
帯の中の文字は完全に帯の中に収まる様になっています。
スイロネ37 3は前作のマシ49と同じ塗料を使っています。


マロネフ59 1内装画像
チーク材+ブラウンニスの焦げ茶に近い色出しを再現しています。
この車輌は戦前製ながら洋式便器を使っている数少ない車輌です。(シスタン式洗浄器)
一等個室は仕切りを取り外して1つとして使える様になっています。
1/4のテーブルの所で分かれていますがテーブルの下は暖房器が各自に取り付けられています。

マロネフ59 1・スイロネ37 3 価格=41040円


スシ28 301・スハシ38 102

平成24年作品

イエロートレイン製真鍮コンバージョンキットをベースにした第2弾・上記マロネフ59と同じ構成で製作しています。
スシ28 301は架空番号ですが、1度のみ本線上走行が有りC53 45復活運転の時に鷹取→京都間を走りました。
その後にこの時の編成の3輌(スシ28 301−マロネフ59 1−マイテ49 2)が交通博物館にそのまま移動して保存となりました。
スシ28 301元スハシ38 102で廃車までは急行 日本海 として宮原区所属でした。改造工場は高砂工場
スシ28 301はブドウ2号で全室食堂車の内装・スハシ38102は現役時代のブドウ1号半室食堂車の内装で
内装色は2等車の標準内装のシナベニヤ+ブラウンニスの明るい色目になっています。

スハシ38102の北海道時代には調理室にもう一つベンチレーターが付いていましたが、早期に無くなっています。
屋根水槽も撤去されていますので屋根水槽給水口も有りません。水タンクはスロ54と同じで1000リットルタンクです。
宮原区になってから水槽キセが変更されている模様です。

スシ28 301の内装画像
4〜5列目が増設された食卓で窓との位置関係が少しずつずれており完全一致にはなっていません。
最後の1窓分は休憩室(簡易な待合室)になっています。塗装はブドウ2号に塗られています。

スハシ38 102の内装画像
座席部分は元は2等車で戦時改造で全室座席化改造の元の部分で食堂部分の復活時点で仕切りと食堂設備が復活しました。
調理室は屋根水槽の撤去や流し台等の更新を行っています。


オロネ10 茶塗装
平成24年再々製作品

お客様からの要望で再々製作した物です。
内容は前々回製作品と同様で手すり加工だけを追加しています。
塗色はブドウ2号を新しく作成して使用しています。

お気づきと思いますが、脱出用扉部分の加工はしていません。
前回製作品に比べてブドウ2号の色調は明るめになりました。貫通扉はクリーム1号で塗り分けしています。

カトーオハ35系と連結してみた画像です。基本色調はこの系列に合わせているので従来より少し明るい色調になっています。

旧作のマイテ49との連結画像です。オロネ10が少し赤茶っぽく、マイテが焦げ茶っぽい感じが良く解ります。

緑帯の中に黒文字で 寝台 は入れていますが、その他の車番・表記は添付していません。


平成24年作品

オハフ46(オハ47の暖急車改造) 

昭和30年代後半から始まった各系列旧型客車の暖急車改造のひとつです。
この改造には前期と後期に分かれていて今回の改造は前期の改造車になります。
特徴はトイレ窓と洗面室窓で一度鉄板で窓を塞いでからHゴム枠の窓をはめ殺しにするやり方で
当時新系列の軽量客車のやり方をそのまま持ち込んだ形になります。近代化改装で窓枠がアルミサッシ化されているのに
車掌室の窓が変わっていない様に見えますがここはFRP製のプラスチック製窓枠で車体と同じ色に塗装されていました。
車掌室は客室の1ブロック分を仕切り、壁に手ブレーキハンドルを装備しています。
窓は700ミリに変えられていて窓配置はオハフ33と同様になりました。同じ改造ではオハフ45(スハ43からの改造・TR47台車)
今回手すり加工を施して内装部分も有る程度ですが仕切り板の追加を行っています。

加工中の画像

左 車掌室の700ミリ窓  中 トイレのHゴム窓 右 洗面室のHゴム窓(中桟が入ります)
テールライトは内嵌め式・車掌室窓はスハ44系より持ってきます。
塗ってしまうと簡単な加工の様に思われがちですが、実際には寸法のすりあわせ等の時間が必要です。

内装は簡易表現で客室との扉を表現
客室仕切りはトミックス用として製作したものですが基本的には組み込み可能です。

車体は最新式の物を使っています。


この年より3軸台車の製作が始まります。

マシ49 1〜3

平成23年作品

イエロートレイン製真鍮コンバージョンキットをベースに+カトー製床板と台車を使用して組み立て加工します。
ブドウ1号塗装で内装も取り付けの上で塗り分け済み。特急かもめ専用車としての製作で牽引役のC57−65も製作しています。

空調機の蓋は0.14ミリのプラペーパーで再現、ベンチレーターは既存の物を使っています。
KMクーラーでの冷房車輌ですがこの3輌はベンチレーターの撤去はしないままでした。
カトー製のベンチレーターを取り付けています。

内装装備の様子
モールド的には簡易表現ですが調理室・喫煙室共に一定のディティールを作成しています。
室内色はえび茶色の塗りつぶしを表現しています。(スシ47系列は塗りつぶし塗装)

特急 かもめ 編成表
(通常8輌・最大定数9輌まで)

博多 19;30      (昭和32年6月5日まで)        京都 8;30

スハフ43 スロ54 スロ54 マシ49 スハ44 スハ44 スハ44 スハニ35 C59

マシ29 100番代

平成23年作品

上記のマシ49と基本的には同一車体ですが、製作年次の違いでリベット表現の無い車体です。
違いは喫煙室と内装(マシ49はペンキの塗りつぶしでマシ29は従来のニス塗装)でこちらはブドウ1号以外にも塗られた事が有ります。
マシ29−100番代はKMクーラー装備の冷房車輌で対九州向けの急行列車に主に連結されていました。
模型では内装の一部を省略、床板をGMに台車をカトー製品のピン台車(マイテ49用)としてコストダウンを図っています。

内装は省略しましたが、喫煙室側の仕切り板や調理室の仕切りは塗装済み(えび茶色)の物を装備しています。


スロ60 近代化改造

平成22年製作品

カトー旧製品をコストをかけずにどれだけ出来るかという試作的製作品です。
車体改造は客ドア交換以外ほぼ手を加えていません。
洗面室窓は銀テープを切り出して貼り付けており曇り窓ガラスはペーパーにてやすっているだけの表現です。
窓枠部分をマスキングした上でぶどう2号と緑帯を塗装しています。
コスト削減の為に車番等の製作はしませんでした。


オロネ10 茶塗装
平成22年再製作品

お客様からの要望で急遽製作した物です。
内容は前回製作品と同様で手すり加工だけを追加しています。
塗色は旧型国電用の特別色を使用しています。
それ以前の製作は平成17年製作となっています。

お気づきと思いますが、脱出用扉部分の加工はしていません。
塗色はこの3枚目の画像が一番イメージを捉えています。

3回目に平成24年に製作しています。
以降はカトーよりセット品の中で一般製品として出たので製作していません。


平成21年11月20日

スロ54 近代化冷房改造 青15号 緑帯

カトー青大将セットの中のスロ54+スロ62の屋根と床板を合成したものです。
台車はTR23Eコロ軸改造を履かせています。
トイレ窓については数種類の改造法が有りますが、白色窓(アクリル製窓ガラス)のタイプになります。
客扉は最もポピュラーなHゴム大型窓のタイプを選択しました。(標準のタイプ)
窓はアルミサッシ化されていますが、窓枠も塗りつぶしになっています。
(非サッシ化車輌というか可動窓枠は木枠+ゴムパッキンで外レール等の見えない部分がアルミ化されています)

内装は初期のRシート色のオレンジ+ブラウンのイメージです。
青15号は良く併結された10系軽量客車とほぼ同じ色を作成して塗装しました。

近代化冷房改造された特ロの運用・分布について
近代化冷房改造された車種はスロ54・ナロ10・オロ61の3車種のみでオロ61は重量増でスロ62となり、ナロ10もオロ11
に改番されていますが、改造法は元屋根を撤去してあらかじめ造られた鋼板屋根に載せ替えるという方法で3車共同じです。
運用ですが、かなり特徴的でオロ11は全車鹿児島に一旦集められていたために全車九州所属で東京・関西方面で見られたのは
急行運用で京都や東京口で見れる程度(早鞆・玄海・薩摩・西海)でほぼ九州内運用が多いようです。
比較的に廃車が速くその代用でスロ54・62が来ました。原因は電気暖房化をしていないので限定されてしまった為です。
一方スロ54は台車をTR23系に振り替えてマ級になるのを防ぎ電気暖房を付けた車も多く有りました。(2t以上アップ)
しかしこちらも関西系列車が殆どで関東・東北方面で見れたのはきたぐに・日本海・瀬戸・出雲の運用位と思います。
これも転属が北陸方面より北が無いので東京方面で見られたのは少ないと思います。
スロ62は輌数も多いために最後まで残った改造車で非冷房車・オロ11やスロ54が廃車になると補充で各地に転属になったので
有る程度ポヒュラーな存在になったと思います。オロ11やスロ54が関西以西というのは暖房がSGで十分だったことで
末端になるとSGでは温度と圧力が減ってしまうという不利と元々床板に断熱材を装備していなかった事が理由と思います。
スロ54は500番代が有りますが、これは床板からのやり直しで徹底的に防寒処置が執られています。
この車種の異端児としては、マロ55 26・29(後に台車をTR23Dに替えてスロ54)が有り床下にAU21をつり下げて
床下より風洞通風されて冷房されていました。この車は宮原区で比較的速く廃車となりました。

平成17年作品

以前に作成したマロ55 26・29(GMキット+カトー製床下と台車を装備)


マイネ40 登場時 白帯

平成20年作品

レボリューションファクトリーの旧キットを改修して製作しています。
こちらも内装を付けています。かなり以前に注文製作していたものを途中でキャンセルされたため1輌のみの製作品
マロネ・マロネフ29、オロ40を合わせると往年の優等列車がほぼ再現出来ます。


マロネ29−100 マロネフ29−100 

平成20年作品

両車輌共にタヴァサのキットを組み立て加工したものです。
下廻りはカトー旧製品マイテ49用の床板とTR73台車を装備させています。
今回の製作は内装を取り付けています。ベンチレーターはカトーのお召し編成用のものを使用
内装の仕切(えび茶で塗装)だけでなく妻面扉を入れています(戦後仕様の為)
マロネ29−100は青帯の時代と緑帯の末期の2種類を用意して緑帯車はスハ43系用のブドウ2号で塗装しています。

マロネフ29−100 の車端部アップ画像とマロネ29−100の内装画像


オロ40 1〜23TR23 張り上げ屋根 24〜37TR23 普通屋根 38〜82 鋼製屋根 TR34

平成20年作品

これもタヴァサキットの組み立て加工で下廻りはカトー35系用を使っています。
当然台車も違っていますので替えています。
1〜23は張り上げ屋根と細い雨樋も表現対象になっています。また張り上げた上の部分はキャンバス張りの質感を塗装でだしています。
こちらは内装は付けていませんがデッキの仕切と貫通扉を付けておりえび茶色で塗装しています。
こちらも青帯と緑帯の両方を用意しています。


  オシ16 1〜3 2004〜6  

最初の特製品 平成12年作品

 平成18年5月 特製品リニューアル
平成19年6月 組立加工品マイナーチェンジ
画像は18年と19年の物

  

  特製品ボディはGM製品、レジン製オリジナル内装板を装備、窓はアクリル板からの削り出し・室内灯白LED点灯加工済み
   製品内容をH18/5よりマイナーチェンジしました。窓ガラスの透明感は最高で内装の状態がよく見えます。
  

組立完成品は窓ガラスを従来の塩ビ板の付属品から宮0.2ミリの透明プラ板切り出し品に変更しました。
車輌中央の3連の窓もHゴムを削り取り下降窓表現の為の窓桟を塗装表現にしています。
屋根板はキットのままですとデコボコ感が有りますが、これを平滑化加工して銀屋根の表現が格段に良くなりました。
ガラベンはカトー製・台車の取り付けも従来のピン止めではなくビス止め加工をし直して台車の安定性を確保しました。


マニ34 大扉改造車 1次改造初期車

レボリューション製品を組み立て加工したもので初期車はカトー製品の床下を使用、
大扉はGM床下をディティールアップして使用しています。
基本組み立ては半田付けなのでかなりガッチリと組み上がっています。
以前にタツヤ模型製を組み立てており味付けはかなり異なりますが雰囲気は良いと思います。
1次改造初期車は連結面の扉を装備していないので車掌室との仕切を表現・円板標識も付けています。


ナハ10 ナハフ10−17〜 初期 茶塗装

カトー製品ナハ10・ナハフ11の先祖返り加工で大きな変更点は折り戸になります。
ナハフ10は車掌室窓の関係から17番以降の物になっています。
またナハフ10は初期車の設定から反射板の取り付けを行っております。
青15号からの塗装変更はそのまま塗装すると茶色が暗くなってしまうので下地塗装をしてからぶどう2号(調色)
を塗装していく2段階塗装をしてこちらも初期に優等車に使われた所から光沢塗装としています。


スロ54 茶塗装 青 帯

カトー製品青大将の塗り替え品です。スハ44系との併結を考えて通常のぶどう2号より少し暗い色(43系とは違います)
に光沢塗装して優等車感を出しています。車番・表記類はインレタ貼付済みです。

スロ54 茶塗装 青帯 販売終了


マイテ58−1 茶塗装

平成17年作品

基本はカトー製品で屋根板の加工+ベンチレーターの取り付けが外観上の変更点です。
塗装は光沢塗装でスハ44系と編成を組むに当たって違和感の無いようにしています。
車番と車体表記はインレタ貼付済みです。

マイテ58−1 =販売終了


オシ17 3形態

平成15年〜16年作品

オシ17は「はと」セットの発売により3形態全てが揃いました。
今回1〜4・5〜9・10・11〜の3種類を茶塗装で塗り替え加工しました。

3形態の違いを比較

まず1〜10は喫煙室に非常扉が設置されていましたが11以降には無くなって1枚窓のすっきりとした形状になっています。
次に業務用扉が1〜4では窓が無くこの扉の裏には折り畳みの腰掛けが有ります。5〜は扉に窓がついています。
最後に10番だけは台車がTR53からTR57(KD11A・空気バネ)に変更されていて
履いているのは10番とマイフ97−1の2両のみとなっています。
TR57はこの後に作られたお召し1号編成用の台車研究用として近畿車輛にて試作されたものです。
この10番になった経緯は製造直後にタイ皇太子の訪問の際に使うことがあらかじめ予定されていたためです。


スハフ43−1〜3茶塗装

平成17年作品

第11回JNMAフェスティバルのサービス価格製品
テールライト点灯加工で内装塗装済み、表記類はインレタにて添付済みです。
種車はGMボディ+カトー床下、台車 テールライトパーツはオハネフ12用を持ってきています。


スハフ43−11〜24茶塗装

平成17年作品

第11回JNMAフェスティバルのサービス価格製品
テールライト点灯加工で内装塗装済み、表記類はインレタにて添付済みです。
種車はカトー製品のスハ44です。 
サッシ窓仕様と通常の窓の2仕様の設定をしています。


マイ39 ブドウ2号 白帯

カトー製品の塗り替え品となります。光沢塗装でスハ44系に色調を合わせています。
貫通扉が観音開きの物を取り付け・内装塗装済み、表記類はインレタにて添付済みです。


ナロハネ10 新製登場時

GMボディ+カトー製ナロ10床下を基本組み合わせとして室内点灯可能品です。
GMボディは車体の実車と異なる部分を出来る限り修正、はめ込み窓・パーツ取り付けでディティールアップしています。
塗装は登場時の想定でブドウ2号光沢塗装でインレタ貼付済みとなっています。

修正点の比較画像(青15号車は6年前に製作した物)
ドアーは原型に交換、ドアー上の車体壁の加工(ここに2・3等寝台の表示有り)・手摺り取り付け、はめ込み窓の質感向上、
洗面所窓はキットは小さいタイプ(エラー部分)から通常の大きい物(Hゴム表現有りレジン製はめ込み窓)へ交換
妻面の前位側は貫通ドアーの撤去と客室仕切ドアーの設置

出来るだけの加工を致しました。塗装は今回光沢塗装で光りの当たり方で色調が変わって見えます。
はめ込み窓のぴったり感など現時点では多分最善の作品となっていると思います。


ナロ10 茶塗装

平成17年作品

カトー製品塗り替えに拠るものでナロ10は青大将運用終了後の緑帯時代 
オロネ10は同時代の初期塗装を再現しています。どちらもインレタ貼付済み製品です。


マイテ39・マイテ49−2

平成16年〜19年作品

カトー製品改造品です。マイテ49−2は床下機器配置を見直しています。
マイテ49 2はかなりリクエストを頂いて都合3回製作して12+1輛製作しています。
マイテ39 11 も2回製作 8+1輛製作しています。

                  


マイフ97−1

平成12年作品

      実車解説=種車はオハフ33で東海道線の二宮で事故休車となっていた物を連合軍の巡察車
      として昭和26年にスヤ51−1として完成しその後にスイ46−1→マイフ97−1となる。
      営業用としては外国人観光客用として主に用いられた。晩年に台車がTR40Bからシュリーレン
      台車で空気バネ付きのTR57になっている。昭和35年?廃車され中央鉄道学園に70年頃まで現存した。
      この車輌の他にRTO巡察車として改造されたものが7両ほど存在しました。(他車は32系車とスロハ32)   

 

  

マイフ97−1現在完売品


オハネフ13−2600番代

平成15年作品

実車は団体用暖急車としてナハネフ11−600番代として製造されました。
ナハネフ11との違いは車掌室と給仕室の窓配置の違いが有り他はナハネ11と変わりません。
模型もオハネ12からの改造・ディティールアップ加工+T・Rの点灯加工をしています。
但し点灯加工はしていません。


オハシ30−1〜3

平成15年作品

一見普通のオハ35の様に見えますが昭和24年に仙鉄局が独断で改造した戦後としては日本人用として初めて
営業を開始した3等・食堂合造車でオハ35の戦前型からの改造は3輌有ります。
昭和30年頃に片側のデッキを塞いだスタイルとなって、昭和40年ごろまで活躍していました。
この後に好評だったためスハ32系よりもさらに3輌改造されてこれらの車輛は
後に20系の分割時の簡易電源車のマヤ20になっています。

 

 

模型はGMのボディとオリジナルの内装板、カトーの旧型車の床下・台車を合わせて製作しています
室内灯を初めから組み込んでいますので雰囲気のある姿を楽しむことが出来ます。
ぶどう色は調色によってカトー製品等と編成を組んでも違和感の無いようになっています。
模型は新製時から昭和30年までの姿


スハ44・スハフ43−11〜24 近代化改造車

平成17年作品

ボディを青15号に塗り替えてアルミサッシを筆塗りで塗装した当時しとてはとても手間のかかった製品
スハフ43−11〜24 室内灯・テールライト点灯加工、ボディ部車掌室部分窓埋め加工、客扉取替改造
     スハ44 デッキ部手摺り取り付け、客扉取替改造
両車輛共に洗面所とトイレ部の上方の折れ窓表現はされていませんでした。
当時の青15号は当時発売のスハ43系にやや近似させながら10系客車の青さを少し入れた中間的な塗料です。
肉眼で見た場合は2段目の画像の妻板の色がほぼ近い感じです。

模型仕様=スハフ43−11〜24 室内灯・テールライト点灯加工、ボディ部車掌室部分窓埋め加工、客扉取替改造
     スハ44 デッキ部手摺り取り付け、客扉取替改造


20系 ナハ21

平成18年作品

カトー製品加工で種車はナロネ21−100より
上部寝台窓の撤去と乗務員室と喫煙室の移設後ににもう1つ客窓を増設しています。
塗装は編成を組むために調色、窓上の細帯が工作上少し難しい部分でした。3両1セットの製作
青15号は20系専用の塗料を製作しています。

これの後に特製品として6輛を製作しています。

スロ54 ブドウ1号 青帯時代

平成17年作品

先ほど出ましたスロ54青大将を早速塗り替えました。
今回の作品は自分用としてスハフ 43やマイ38を作成したついでに作った物です。
特にここはという製作上のポイントは無いのですが、
青帯の発色には先に下地として白を塗装してからその上に青を塗装して暗くならないようにしています。

オハ14−300番代 あかつき レガートタイプ

平成16年作品

カトー製品を加工しています。テールサインは白色LEDで点灯します。
内装はレジン製の椅子パーツを使ったスクラッチ内装板です。
全体としてはかなり凝った製品でしたがその後にトミックスより製品化されてしまったので注文で受けた1輛以外の販売が有りません。


オハ24−300番代 なは レガートタイプ

平成11年〜14年作品

工房の立ち上げの時に何か商品が無いと宣伝出来ない為色々な候補から自分で出来そうな車輛を選択して初めて製作した作品
1回目の作品はラウンジ部分の窓の加工をしないままで出力しました。ラウンジ部分の内装と3列シート部分は別々のレジンパーツ
白帯もテトラのラインテープ0.4ミリを貼って対応して屋根のクーラーも移動させています。
この当時はやはり資料収集が出来ておらず窓周りが解っていなかった時です。(当時指摘を受けました)
1回目に12輛(内見本用として2輛)を製作、初めて特製品としてインレタを製作発注しました。
2回目も10輛製作で見本車として1輛製作
2回目からは白帯を塗装品としてラウンジ窓も長いものに改良して形としてちゃんと出来た作品になっています。
3回目は8輛製作で内装はプラ板+椅子パーツという構成変更を行ってこれ以降この製作法が標準製作法として定着します。

画像は3回目の製作の時の物

総製作数28輌
1・2・3回目の製作共に見本車を残しています。


オユ12・スユ13−2000番代・スユ15−2001

平成15年〜16年作品

最初から特製品として製作された車輛
GMキットの車体で基本はキットと大体同じですが、スユ15−2001のみカトー製14系の下廻りを使用しています。
車体表記と窓の郵便マークはインレタを発注して作りました。
1回目は窓ガラスはキット付属の印刷された物を使っています。
2回目の製作はグレードを上げてベンチレーターはGM別売品で窓の保護棒はエッチング製に変更されました。

前回とほぼ同じ内容ですが、手摺りの追加工作など全体的にディティールアップのレベルを上げています。
ベンチレーターはカトーのアッセンブリーパーツを使用(スユ15−2001)


スハネフ14−500番代 オホーツク用

平成15年〜17年作品

トミックスのスハネフ14を加工したものでまだ500番代の一般製品は無い時代で扉は初め宮澤名義で出ていた500番代用の改造セットを使用
最初はオーダー製作に拠る物です。こちらもホームページ発表後に3輛程度の受注が有った事から製作をまとめて1回目の特製品出力としました。
特製品として出した1回目も同じ製作法で出しています。扉部分の裾の延長部分はプラ板で作成しています。
2回目の製作はタヴァサ製の扉パーツへ変更して製作、3回目はエクストラ版とノーマル版に分けて製作しました。 

平成15年に5輛を製作・16年に10輛・17年にエクストラ3輛とノーマル2輛
販売用としては20輛製作して見本用としてエクストラ版1輛を製作しておりこの1輛が残っています。

オハネ14−500番代 オホーツク用

こちらも最初は上記の作品と同じ発注で作られましたが、窓埋め加工をしない簡易加工で出しています。
スハネフ14−500の製作が2回目の時に窓埋めをしていない簡易版として6輛製作
3回目の時は仕様をエクストラ版(窓埋め加工と車体裾の延長とドアエンジン点検蓋設置)3輛・ノーマル3輛を製作

見本車としてエクストラ版を1輛別に製作しています。(平成17年作品)


オハネ14−300番代 あかつき用

平成14年作品

トミックス・トワイライトエクスプレス用オハネ25−520をそのまま塗り替え加工しています。クーラー部分は未改造です。
こちらの画像は一番最初にオーダー製作をした時の画像、このオーダーの時は車番インレタを製作せずICテープの0.4ミリを貼って金帯表現しています。

この画像を見て後2両程度の申し込みが有り、同じ仕様で製作した後に
特製品として平成15年に2輛製作しています。


旧型客車 スロ54 青大将色

平成14年作品

模型はGMスロ53ベース+カトー製ベンチレーター+カトー製内装と床板、台車の装備・手摺り取り付け、インレタを貼付しています。
特製品として初めて調色をした製品でまだこの当時はスロ54の一般製品は有りませんでした。



スイ38・マイ38

平成13年作品

レボリューションファクトリーの真鍮キット組立+内装を装備した特製品。
カトーの旧マイテ49−2の下廻りを使い内装はレジン製の椅子を製作して装備しました。
スイ38は両客扉有りで丸いラウンジテーブルの有った初期の頃の再現、
マイ38は前方の客扉を塞いで片側14席の1人掛け椅子を装備した状態(最後までこの状態)を製作
また資料採集が充分では無かった頃の作品です。

マニ30 2007〜13

平成13年作品

キットはタバサ製ののJNMA限定品。コンバージョンキットでトミックス製のマニ50から加工する様になっています
マニ30 2007〜は、見ての通り50系の車体で製造されていますが、車体長が長いのが特徴で屋根上に各種のアンテナが装備されています。

マニ30 2007〜

 

床下廻りはキットの指示通りでなく、GMの10系客車の床板を延長して製作しています。トミックスとGMでは台車の
ボルスターが合わないので真鍮の棒を旋盤で削って製作しました。

台車はトミックスの物をそのまま流用しています

マニ34 1〜6・マニ30 2000番代大扉改造車

平成13年作品

マニ34は日本銀行所有の現金輸送車で昭和27年に6輌製作されました。その後昭和33年に更新改造を受けて
一部の窓埋めと大扉化され、さらに昭和40年に冷房改造を受けています。キットはタツヤ模型製の真鍮キットで稀少品
このキットの特徴は屋根にレジン製のの物が入っておりキット自体は良かったのですが、屋根板の方が収縮で15ミリ程度足りない
という物でその部分はプラ板を整形して足しています。
殆どがキットの物を使っておりますが付属のインレタは期限切れで食いつかなかったため
初めてインレタをオーダー製作したのもこの車輛です。
塗装はGMのブドウ2号でブラシ塗装ですが艶消し感の強い物でした。