Part−7

次回以降に掲載する車輌の為にページの構成を変えています。
過去の製作車輌は下にリンクを貼って別ページとしました。
この3〜4年の間に製作数が増えてきています。

最新更新日 令和元(平成31)年6月20日

ヨ 5000 Part−3
ヨ 3500改造の初期タイプ

完成画像

今回の作品は内装と室内の製作と塗装も含まれており、キット自体の古さは有るものの現在の市販品レベルよりはかなり上を行っています。
室内床板に見える穴はこの部分に通電路を造って室内に電気を供給させる為で
ボディの屋根部分の白く塗装している部分の裏に室内灯とテールライトの基板が装備されています。(屋根板の裏側は少し明度を落とした白で塗装)
室内灯はLEDの電球色ですが3灯のチップLEDではやや光量不足だったので1灯をもう少し光量の有る物に交換しています。
テールライトの配線は柱の裏側を伝わせてテールライトケースまで導いています。ケースの裏側は蓋をして光漏れを防いでいます。
室内部分は椅子以外は自作です。ヨ5000は比較的遅くまで残っていたのでストーブを交換されている例が多く作品もその様にしています。
(豆炭か練炭が主力の達磨ストーブを灯油バーナー式のストーブに交換して左端の四角の物が灯油タンクになっています。)

点灯試験時での撮影
LEDの色目は電球色にしています。電灯は蛍光灯に変更された物とそのままの物が混在している様です。

北は(北オク)の所属で東北方面への列車を担当しています。車歴をかなり丹念に調べてたから号がある程度全国に行きわたる様になると
初期車は東京と大阪の配置から各地へと転出しますが、5009は尾久に配置換えの後晩年は秋田になっています。
(従って隅田川駅周辺では観られていたと思われます)
オーダーではこの北を必ず入れて欲しいという事でしたので番号的にはこれしか有りませんでした。
インレタは新規に製作しています。


平成31年5月20日

ヨ 5000 Part−2
ヨ 3500改造の初期タイプ

本題の点灯加工工作に入ります。
このキットは元々点灯工作は考慮外のキットなのでどうやって車輪から集電して確実に点灯させる事ができるのかで色々と考えた結果
車輪は両絶縁の9.5径の車輪を使い台車が真鍮製なので車軸部の ピボットも絶縁加工が必要となります。

取り敢えずカトー製の貨車車輪を付けてみました。(このままだと台車と車体を通じてショートします)
台車と車輪の間に絶縁子を入れる必要があります。この部分をカトーの貨車台車パーツを組み込んで車輪面と車軸を車体より絶縁します。
文面では簡単にできそうですが、台車側のピボット軸が入る部分を車軸の軸受箱の所まで相当深く円錐状に削り込んでいく必要が有り、
モーターツールで少しずつ丁寧に削り込みをながら試し履きを繰り返します。
(組み付けたままの加工・そうしないと軸ズレを起こしてきれいに入らないしうまく廻らない)
この加工だけで1軸に1週間程度かかり4軸で1ヶ月の大工事となりました。 

車輪側も加工が必要でピボット軸の部分をギリギリの部分まで削り出して短軸化加工をします。
これも中心を出しての加工なのでフライス用バイトでは削れずバローベのヤスリで少しずつ当てながらの加工となります。
この加工では最初に2軸ほど削りすぎでダメにしており習熟してから右画像の様に出来上がります。

車輪が完成してから集電板の加工をします。
製作中の画像を撮っていなかったのである程度完成してからの画像になりますが集電は0.6ミリのピアノ線を曲げ加工して作成しています。

(銅板でも良いじゃ無いのかと思われますが燐銅板は0.3ミリくらいになると曲げ加工が難しくなります。特にひねり加工は悪いのと
片側の部分がブレーキシリンダーを跨いで湾曲した加工が必須となってしまう為・丸線は収縮チューブで絶縁しやすいため)

両絶車輪にしたために全軸集電になり安定して給電出来ています。
ピアノ線の床板にかかる部分は収縮チューブで絶縁しているので漏電が発生しません。
床板に3.2ミリの穴を開けてMPギアーのプラ製のボルスター用パイプを通しています。
内装を施しているので床板の上には1ミリのプラ板(木目調)を貼っており集電用の銅板ラグ(自作)を通じて屋根裏に給電出来る様になっています。
このやり方だとメンテナンスの時にボディと床板部分が分離出来るので以外と分解もスムーズに出来る利点の他にピアノ線の堅さを利用して
車輪の横動をある程度制御出来るイコライザー的な役目も負っています。
難しい点はピアノ線が車輪に当たるテンションの調整には少し時間がかかっています。

次回 完成画像


平成31年4月20日

ヨ 5000 Part−1
ヨ 3500改造の初期タイプ

キットは古いホビーモデル製です。
このキットを現在とほぼ同じ模型レベルにすると共に室内の製作と点灯加工するという事で製作を開始しました。
真鍮製キットのため電気的な絶縁にはかなり気を使う事になり通常の製作とはかなり異なっています。
キット自体は室内灯やテールライトの点灯は全く想定されていない時代の物なのでかなりの工夫が必要になります。

まずはキット自体の床板の大幅な再加工から開始しています。
元のキットはこの部分に片絶縁になる床板を一段高くして設置する様になっておりこのままだと内装が入らなくなるので
下の画像の様に1枚になる様に同じ厚さの真鍮板を切り出してはめ込んで半田付けをして固定します。
因みに元キットのその部分のパーツは使用不可です。


最初の製作イメージはカトー製の貨車の部品を流用して組み上げる予定でしたが、車輪が全く入らず真鍮製の台車の軸箱の部分を大幅に削り込みをして
ようやくブレーキパットのパーツが入る程度になりましたがこれでもまだ無理でこの後に相当の重加工を強いられます。

取り敢えず下廻りを組み上げてからボディ部の組み立てへと移ります。

ボディの上廻りは実車同様に柱を入れています。細かい部分には補強の角柱を入れています。
これは内装と室内灯を入れる為に屋根を取り外し出来る構造にしたいからで必ずしもベストな工作では有りませんが、
構体はかなりしっかりした物に組み上がります。

外側に着く胸壁は手ブレーキが有る後位側のみ点灯加工する為パイプを仕込んでいます。
前位は元キットのパーツをそのまま使用しています。ライトレンズはどちらも自作となります。

以下、次号に続きます。

ヨ5000について

ヨ 5000はヨ 3500の台車を2段リンクの軸ばねに改造して従来の65キロまでの制限速度で有った物を
85キロまでに引き上げてコンテナ特急であるたから号のチキ5000と連結運用される為に最初の2輛が出来ています。
種車が3500の為ボディはリベットで組み立てられているのが特徴です。また元種車にはデッキ部分のテールライトが
付いている鉄板が無い物が殆どでこの部分はこの改造で取り付けられてヘールマークサインの電源と取り付け具も
この時に増設されたものと思われます。5000〜11までの12輛がこの形態で営業開始時は東京・大阪の1往復のみ
でチキ5000も24輛編成を2本で始めています。(他に試作車が2輛有ります)
EH10で牽引されていて最初はテールマークは付いていません。(増発されて取り付け)
のちにチキ5500も増備されて東京・大阪間だけで無く東たから・西たから号と増発されていきます。
それと共にヨ5000も増備されて改造車は元番号に10000を付与した番号となり
最初から新製されたものは50番から始まっています。(こちらは溶接組み立て)
車体構造的にはヨ 2500とほぼ同じになっています。黄緑6号は当時の青大将色に良く似た感じで特別な感じが
出ていたと思います。コンテナ輸送が一般化すると次代の95キロ走行には対応出来ない為2軸車は一般貨物用となって
各地に分散していきましたが車輌は比較的最後まで残っていたと思います。

更新日 平成31年2月20日

381系 しなの 6連

極たまにですが、製作途中の作品を修正するというご要望があります。
今回は16番→12ミリゲージの作品とする為に工作されていましたが、行き詰まっておられこちらに持ち込まれた物です。
元は谷川製キットで先頭クロ381−10番代は前面を真鍮で自作されておりかなりの労作です。
行き詰まっておられた点は下廻りに有りこちらで確認させて頂いた所では、
車高の調整が出来ておらず床下機器も含めておなかをレールに擦ってしまうのと車輪が床板に当たりショートを起こすという物でこれでは動かないと思いました。
その他車体の部分も問題は多いのですが、その部分は一部を見本加工としてどういう風に製作を進めるのかの方針だけを示しておきました。
まずは製作に入る前のチェックからの画像を見て頂く事にします。

車体の余分な半田の除去はこれくらいという作例見本を妻板に1面だけ施して後はそれを見本にしてくださいという事で、この部分は手を付けずに返送しています。
2枚目の画像にハッキリと出ていますが床下機器が普通の状態でレール面との間に0.5ミリ程度のクリアランスしか無いので、
加工場所は床板と床下機器の取り付け補正と車高の再調整を主目的としています。床下機器もかなり違うので再作成も含めてレジンパーツ化しています。
床下機器の取り付け板はエンドウ製品が1.5ミリの高さをそれだけで取ってしまうので自作しています。

加工前見積り段階での画像

台車はボルスターが低く床板に当たってショートします。
見積り前ですが、半田取りはこれくらいはしてくださいという見本をこの部分だけ施工しました。(この一面の妻板の半田取りに3日かかっています)
なおこの車輌は一度返却しており約1年間の間に何回かのやり取りと加工の提案をして必要な加工の取捨選択をして受注となっています。

再加工後の画像

床下機器は6割程度しか無かったので、無い物は原型を作成して自作しています。
元から有った物は出来る限り使用していますが一部欠損していたりするのでその部分も継ぎしたりしています。
ボルスターがエンドウ製を使っており(1.8ミリ)車輪も9.5ミリとそれだけで普通より小さくなっているのでこの部分は床板の穴を広げて
KS製のボルスター2.5ミリに交換して心皿部分はあまりたくさん遊動させない様にして安定性を確保した上で
台車の接触や車輪の接触も無い位置に調整してあります。走行試験では通常での走行は問題を起こしませんでした。

クロ381−10

クハ381−0

トイレの汚物処理タンクはエコー製品をネジ止めにマウントされていましたが、高さ制限に懸かってしまうのでこの部分は原型をプラ板の積層で作成して
レジンパーツ化した物を取り付けています。反対側に出るバキュームパイプと連結口は1.4ミリのネジ止めとしてISカプラーにかかる部分は
ゴム系の接着材で軽く止めている状態です。なおこのパーツは破損し易いのである程度余分を作成して渡しています。

モハ380−0

モハ381−0

MP動力の部分はかなりのやり直しが必要でまず床板は作り直しでモーターをLN−14からLN−12に変換してマウント位置を再調整してから
MP用おもりも4ミリほど高さを削ってその高さを基準にして床下機器の取り付けを行いました。
床下機器の取り付け板は0.7ミリの角線と0.3ミリの真鍮板の組み合わせで長さも台車の干渉が無いギリギリの長さにしています。
MPボルスターはそのままではやはり無理が有るのでT車と同じ方法での取り付けをしています。

床下機器の各パーツは大体ですが3ミリ程高さを削り込んでいます。
メタルパーツの場合はかなり大変でヤスリが目詰まりして3本ほどダメになりました。
床下機器の配置ですが、平成に入ってからは機器更新が有り70年代の初期状態と少しだけ違っています。



当方の基本的ハンダ付け工作法
ハンダ付けは全て同じやり方では無く、ボディと前面等の主要接合には錫50%のハンダを使い
細かい部分には60〜70%のハンダを使い分けてはんだごては電子用の汎用品で60W 1本でほぼ事足ります。
ハンダに関しては各種揃えていて錫40〜80%で約5%刻みで使い分けをします。
低温ハンダでは110度融解というグレードも使っています。
ステンレスは基本的にハンダ付け出来る物とそうでない物がありどうしても無理な場合も有ります。
(全部出来ないという事ではないが、無理にすると歪みの発生原因となり強度も低いので実用に耐えないと思う)
補助工具としては、厚いベーク盤が定盤の代用品・アルミ製のクリップ2種類とセロテープがパーツ等の仮固定材です。
ちなみにフラックスも普通に売られている物で模型専用品というわけでは無くほぼ通常で入手し易く価格的にも安くなります。
フラックスは水で濃度調整をして綿棒等で塗った後に水拭きして塩が出て接着しない現象を有る程度防いでいます。
接合は無理矢理合わせて削り込みで合わせるすというよりは出来るだけ無理の無い範囲で修正を加えてから
より接合後の段差が出ない方法で継いでいます。

箱形ボディを修正しているときの画像例(マクロ撮影しています)
車体はキハ58系で撮影したものです。
(修正は比較的早期からしていて平成17年の都電6000系にはすでにやっている)

仮合わせをしてみた時の画像
屋根カーブの曲線が異なるので中心線の部分になるほど段差が出ています。

ボディ部分の屋根カーブに修正を加えた後に仮合わせをした時の画像
(全面も少しだけ修正をしています)
屋根部分の全体に渡って段差の減少が見られます。画像では少しだけ左側に寄っていますが結合時点では解消しております。


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